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絆つくる夫婦⑯何に謝罪するのか

ある人が何かを壊したとします。

申し訳ありません。高価なものですよね。弁償します。
きちんと元通りにします。おいくらですか。すぐ直します。


と償うことを述べ示すのは、常識とするところでしょう。
しかし、ここには 償いの見返り=ゆるしと和解 の思考があります。

物や目に見えるもの、形あるものには
比較的当てはまりやすいのかもしれません。
しかし、心にはどうでしょうか。
傷ついた心、落ち込んだ心、悲しんだ心にほしいのは、
償いではないのだと感じます。

ほしいのは、真心です。
目に見えないものの確信です。



壊れたもののその持ち主に対して
壊してしまった者が

申し訳ありません。
あなたの大切なものですね。
本当に私の落ち度です。
ごめんなさい。私が悪かったのです。
取り返しのつかないことをしました。
もう二度とこのようなことが起きないように気をつけます。


と、自分の非を認めること
= おのれの愚行を悔いて改めることを伝えるならば、
そしてそのものの持ち主が
よく受け入れることができるならば
そのときに初めて 
ゆるしゆるされる関係の糸口が見えてくるのだと思います。




****

夫が様々に努力します。

自分の身の潔白
日々の誠実
夫婦への情
家族の大切さ
パートナーとしての歩み

夫婦のやり直しを歩むことの様々を網羅しようとします。
私も同じです。

しかし、私の一番ほしいのは
そうではありませんでした。
本人である私にもわかっていませんでした。

夫に様々にリクエストをし、
それを差し出してもらう。目に見える形のそれをなしてもらう。
夫が努力を重ねれば重ねるほど
だんだんとそれでもない、これでもないと突き放してしまうことが
多く起こるようになりました。

私のほしいのはこれではない。
夫が反省している証拠がほしいのではない。
確かに、今うそをついていないとのあかしや状況は必要でした。
でも、うそをついていない証拠=夫が悔いているあかし ではない
と、感じ始めます。




夫がなしてきた謝罪は、償いとしての謝罪でした。
償いに対する見返りには、なかったことにするとか、忘れますとかの
期待がついて回りがちです。

今記事にしている頃の夫の謝罪は、償いとして存在しているので
『謝ったからいいだろう』の思考につながります。


私のほしい夫の謝罪は、償うための謝罪ではなく
夫の品性を回復するための謝罪です。


夫が自分の生き様に対して
自分の人生に対して
私の人生に対して

本当に申し訳ない、情けない、恥ずかしいと
伝えあらわすことができて、
また、それを私が認めることができれば

ゆるすゆるされるの関係は対等に、自由になるのかもしれません。

悪かった。でもない。
ごめんなさい。でもない。
もうしない。でもない。
今は何もないからいいだろう。でもない。

私が知りたいのは
夫が不倫したこと・浮気したこと・うそをついたこと
夫が私たちの結婚を大切にしなかったことを
情けなく思い、悔いているかどうかです。

起こってしまったことはもう取り返しがつきません。
現に私自身も、夫以外の人に
心を寄せそうになったときがありました。

でも、私自身はそれを憎悪しています。
それを、恥じて後悔しています。
その頃の自分がみじめです。
その頃の自分を常に責め戒めます。
私は非道極まりない人間であることを示されました。
自分がうそつきで、ずるくて、汚くて、愚かで、弱い
最低の人間であることを嫌というほど思い知りました。

だから私には、自信はない。
この先、何があるかわからない、
また誘惑に負けることがあるかもしれない。
でも、そうしたくない。
絶対にあんな情けない自分にはなりたくないとの
強い希望があります。


では夫はどうなのか?
夫が浮ついた気持ちになったことをどう思っているのか。
夫は、夫婦を大切に思っているのか。
夫婦が壊れたら、子供たちはどうなるか考えたことがあるのか?
ひいては、自分の人生をどうとらえているのか?

夫は何を考えているのか。

夫の品性の軸はどこにあるのか?
夫に真心はあるのか?

夫の真心がほしい。
その目に見えないものを確信したくてたまりませんでした。


***

夫に問いかけます。
話が前後して、読んでくださる方には申し訳ありません。
それが先の記事のようであったり
これからUPする記事であったりします。

(続きます)
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コメント


forgive-yurusiさん

そこです、そこなんですよね。
再構築へ離陸するための最後のアプローチはそこなんだろうなと思います。そこを乗り越えれればグ-ンと大空へ舞い上がっていけるのでしょうね。夫婦がともに成長し、ともに乗り越えるべきところですね・・・。
忘れさって終わりにすべきではない大切なところ。夫婦が深く考えなければならないところです。でもそれはなかなか難しい。今となってはその考える機会を僕が作らなければいけないのでしょうね。未だにふと考えることがあります。それは単に過去を振り返るというより、如何に夫婦として充実した生活を送れるかという部分なのですが。相変わらず悩みは尽きませんね。(苦笑)

でも今でも自分はまだまだリハビリ中なんだなあと自覚することがあるし、自分の心の傷にふと気がつくこともあります。

futenさん

>離陸するための最後のアプローチ

いいたとえですね。
かっこいいなぁ。そういうイメージを持ってことに当たるのは
すごくいいことだと思います。
だからこそ、今滑走路で、点検し、整備し、準備して、
最善へ向かって最終チェックをしているところですよね。
あせってはいけない。かといって、いつまでも滑走路でぐだぐだしてることもできないというところですね。

ただね、
乗り越えるべきと思いを固めてしまわないように気をつけることも必要ですね。べきじゃなくて、乗り越えたいでいいんですよ。乗り越えてやるとしゃかりきになっているときは、地団駄踏んでるとき。まぁ踏み固めたそこが、よい滑走路にもなりますけどね^^

この飛行機のよいところは
不時着できるところがたくさんあるところですよね^^
見知らぬ空港に立ち寄って、知らない何かに出会う。
出会った何かに触発されて、自分でも知らない自分に出会う。
傷に気がつかされて、それを治す。

燃料が切れやすいのも難点です。
乱気流も待ってますね。

長い道のりですが、こうして歩むことができるそのことは
必要のあるフライトで、なんだか知らないけれど
その飛行機を飛ばすことになったのですよね。
なぜ飛ばすことになったのかは
配偶者の裏切りという形で示されましたが
もっと深くて実になることが待っているみたいです。
だから、とにかく飛ばせですね。

futenさんが素敵な例えをくださったから
またいろいろ考え巡らすことができました。
いつもありがとうございます。

ああ・・・すごいです。forgiveさんの文章は、私の今の気持ちを整理して的確に表してくださっているようです。

そうなんです。夫が本心から自分を恥じて、自分の行為を悔いて欲しいのです。夫の「真心」それが見たい、感じたい、そこなんです。

「もうしてないし、もうしない。」・・・そんな言葉だけじゃ、だめ。
「教会に行ってるやろ?」・・・それだけでも、だめ。
「飲みに行くの減らしてるし」・・・そんなの、当然!

真心があれば、そんな言葉すら出てこないはず・・・なんて、思ってしまいます。自分がどれだけ酷い仕打ちをしたのか、どれだけ醜く汚くどうしようもなく罪にまみれているか、思い知っていれば、私に何かを期待すること自体、おかしいんじゃないの?!


・・・なんて、私自身も罪にまみれ、許されている身なのに、被害者意識がまだ、残っているのですよね。

いつも、暖かい、コメントのお返事、どうもありがとうございます。

なるほど、と思いました。

>夫の品性の軸はどこにあるのか?
この言葉で、私自身のわだかまりが見えてきた気がします。
払拭しきれないこの嫌悪感は、夫の問題というより私自身の問題なんだろうと。
今の夫のことは好き。信頼もできる。でもわだかまりがとけない。
払拭したいな。。。

あと、私は相手の女性に対して、いまだにうじうじと思っています。顔を合わせる環境ではありませんが、無関係でもない彼女。
彼女にとって夫との出来事はすっかり過去でしょう。
彼女は新たな道を歩んでいるのに、私だけが引きずっています。
天気予報を見て、彼女が住んでいる地方が晴れで私のところは雨、それだけでも気分は落ちます。
こういう感情ってどうすればいいのでしょうか。

後ろ向きなコメントですみません。

IZUMIさん

しんどいですにね。
なかなか自分我納得いくものが手に入らないと
相手を責めすぎたり、自分を責めすぎたり
何かしら、原因を探りすぎやすくなりますよね。

ご主人も夫も十分に反省して悔いている。
でも、それが伝わってこないもどかしさは
こちらから問いかけないから
また、問いかけたとしても的を得た会話につながっていかない
からだとも思います。とても難しいですものね。
だからこそ、何度も話して聞いて、練習ですね。


>真心があれば、そんな言葉すら出てこないはず・・・なんて、思っ>てしまいます。自分がどれだけ酷い仕打ちをしたのか、どれだけ>醜く汚くどうしようもなく罪にまみれているか、思い知っていれ>ば、私に何かを期待すること自体、おかしいんじゃないの?!


このままの言葉をそのままご主人にぶつけると
ご主人はまた責めていると感じるでしょう。
それを少しでも軽減させるために

【反省してくれてるんだよね。ありがとう。
 でも、あなたが反省してるなら、こういう言葉はでてこないだろ うって、私は期待してしまう。あなたが反省して、悔いているっ ていうことがどうしても感じられない。反省していないとあなた を決め付ける私自身もいやになる・・・・】

のような感じで、あなたサイドではなくて、私サイドの気持ちを伝えて、こうしてもらえば落ち着くとのことを伝えてみるのはどうですか?

うちの夫は、十分反省してるぞ!と
また、態度を硬化しましたが、

【それがわからない私でごめんね。
 あなたがどんなに悔いているか知りたいの。あなたが不倫したり 浮気したりの間違いをした人でも、今はそのことを悔いてやり直 して、男らしく尊敬できる私の大好きな夫であると確認したいだ けなんです。
 それが私の気持ちです。あなたがどうとかではなく
 それが私がそう感じているだけです。】

と、あくまでも私の気持ちを伝えるように私はしてみました。
それは口で直接伝えたり、手紙だったりしました。
試したいと感じていただけたら、ヒントにしてみて下さい。

ももさん

夫には十分に人間として品性がありますね。
でもそれは、人間としての範疇で
私は、夫に神としての品性を求めていたと振り返ります。

人は、間違いを犯します。
しかし、間違ったあとにそれを乗り越えることこそ
人間としての品性が生かされることと思います。
私は、今様々な汚れが拭いさられたと自負・感謝しますが

拭う手は、私たち夫婦の手でありましたが
ボロボロになるまでこき使ったのは
神様の用意してくださった雑巾だったと思います。
それがないと、何もできなかったなあと。



**

相手女性のことに関しては
・・・・結局は、嫉妬深く醜い己を認めたくない自分との
闘いだったと振り返ります。
恥ずかしく、情けなくて、記事に詳しくUPできないでいますが
なるべく早くあかしたいと思います。


前向きでも後ろ向きでもコメントは
どんなものでも感謝していただきます^^

問わず語りでお伝えしたいことがずれてしまいがちですので
こうして、お声かけいただくと
記事にするときの、指針につながります。
ありがとうございます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2006/05/25 12:28の非公開コメントさん

ご事情を改めて詳しくあかしてくださったこと拝読しました。
どれほどの悔恨と落胆をもって、今までお過ごしになられたかと
非公開さんのお心を思います。

・・・先日、集会でひさしぶりに、
タラントの例えの箇所(マタイ25:14~)から
御言葉のおすすめをいただきました。
賜物とか才能とか、プラスのものを用いることと解釈しますが
時には、マイナスの状況も当てはまるとのお話に
気づきを与えられました。

夫の浮気?程度のもの(1タラントとなるでしょうか)
夫の本気?の不倫(2タラント?)
夫と女性との間に子供ができる(5タラント?)
夫の立場が女性との関係をうやむやにできる状況(?タラント)など

さまざまに裏切りの形はあるかもしれませんが
それぞれがそれぞれになぜか神様に用意された形ですね。

どんな状況であっても
それを何らかの形で乗り越える、また、学ぶことができる
成長することができる、
しかも必要なことであるのだと神様の定めたその絶対から、
逃れずに向かうことは

いただいたタラントを十二分に実とすることなのかと
考えていました。




無理に過去との折り合いはつけなくてもいいのではと思います。
過去に、去れと命じてもけしてなくなりませんね。
なぜなら、その過去の流れの先に今の私たちの時間が
流れているからです。

過去との折り合いは、今の充実と感謝と受容をしたときに
必ず、することができますよ。
過去を見るのではなく、今を。
そしてその先につながる未来を愛溢れるものにしようと
いえ、そうしたい、そうなりたいと願う心のうえに
憐れみを下さる神様がおられると思います。

過去は私たちの心を縛りますが
今や未来も縛ることはできません。
今や未来を縛るのは、私たち自身ですね。
過去に縛られない心をもつために
今できることを見つめる
今できることをなす
今できないことは未来に託す
でよいのではないでしょうか。

抽象的なお話でごめんなさい。


>サウロの回心を受け入れた弟子

いつもサウロばかりに私も目が行っていました。
神様は、サウロよりも弟子達へより働かれたのかもしれませんね。素晴らしい気づきをありがとうございます。
使徒の働きを読んで寝ようかな^^と思います。








あぁ、「べき」とまたまた力が入ってしまいました。(苦笑) 
以前にもForgiveさんから何度もたしなめられたところですね。 物事が思うように進まないとつい強引に進めてしまいがちですが、ブログを書き続けることで冷静になれた部分もあります。
今ここに書かれている記事はまさしく僕にとって核心に迫るものです。たぶん今の僕のわだかまりのすべてだと思います。

futenさん

>何度もたしなめられたところですね

そんなに私、厳しいですか(苦笑)
きっとfutenさんの中に私自身のもつ良しとしないところを感じて
きつくなるかもしれません。
ご容赦くださいな^^

わだかまりも飴玉みたいにコロコロと転がしているうちに
いつのまにか小さくなりますよ。
無理に飲み込むと、のどにつかえるし、
かじって砕くと欠片で口の中を切りそうです。
かといって、口の中で転がさないと
飴って小さくならないんですよね。
なんだか夫婦のコミュニケーションの取りかたに
似てるかもしれませんね。

わだかまりが消えますように。
ひとつひとつ、なすべきこと(あえて言えば^^;)を
肩の力を抜いてなせればいいですね。

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