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絆つくる夫婦⑮理解という名の

夫と協力して
夫が裏切っていないことの素材を日々積み重ねます。
うそがないことがわかれば、安心を得ることができるだろうと
考えたからです。
状況や、夫の言葉、夫の真摯な態度を目にします。

どこをどうひっくり返しても
夫は、現在、やましいところはないと頭ではわかります。

頭でわかっていることは
『今現在、夫は誠実で、裏切りはない。』
『今が続くことが、未来につながる。』

しかし、頭の片隅に心のどろどろしたものが浸食してきます。
『でも、今が続く保障はない。』
『夫がうそをついているときも、巧妙に隠していたじゃないか。』
『また、騙されていたらどうする?』

心には、くそまじめな厄介者もいます。
『夫がこんなに頑張って協力してくれているのだから
 私も、信じる努力をしなくてならない。』
『いつまでもいつまでも、疑ってかかっては
 夫がだめになってしまうかもしれない。
 私が頑張らなくては。』

????

何を頑張るのでしょうか。
これだけ頑張って何を頑張るのでしょうか。


地雷を避けて
過去と今は違うと、日常の全てのオープンに気遣って
もう思いつくことはやり尽くしています。



私達は、夫婦のやり直しをやり尽くしたでしょうか?

いえ、ひとつだけ、していないことがあります。

本当の気持ちを話すことを私達はしていませんでした。
辛さを分かち合うことを私たちはしていませんでした。

ぬぐってもぬぐっても溢れてる感情を押しとどめて
自分の気持ちに蓋をして
あるべき姿・前向きな思い・ポジティブと言われるそのことだけを
表面にだそうと努めていました。

明るく生きましょう。
笑顔をたやさないようにしましょう。
忘れましょう。

心が死ぬほどに辛いときに
心のお葬式をしなくてはならないときに
自分にうそをついているのです。
お葬式の丁寧に過去を葬る嘆き悲しむべきときに、
楽しむそぶりをしているのです。


夫は、裏切った悔恨の辛さを告げず
生き直しているその明るい面だけを全面にだします。
私は、思い出して辛くなったそのときにも
辛抱だとばかりに平気を装います。

2人はやり直すことを決めて進むその喜びだけを
分かち合おうとして、
辛く苦しいことは、一人一人が背負っています。
お互いの荷を背負いあうことをしていない。

負の気持ちを分かち合っていないのです。

湧いてきた負の気持ちは
耐えに耐えて歪ませ、心の深くに沈みこませるか
耐えに耐えられず、爆発させるかです。

負の気持ちは今だ、日々湧いてくるのに
自分ひとりの胸に溜め込むことを選んでいます。

小出しにして、蹴散らしてしまえばいいものを
互いの胸にそれぞれ、まるで大切なものででもあるかのように
抱えこんでいます。




*****

私『あなた、何考えてるの?』

夫『何って?』

私『私に申し訳ないとか思わないの?』

夫『思ってるよ。いつも思ってる。』

私『思ってるなら、謝ってよ。』

夫『何、いきなり怒ってるの?』

私『怒るよ。もうだめだよ。こんなに山くらいいろいろしたって
  もうだめなものはダメだよ。
  不倫だか浮気だかしらないけど
  あなたがうそつきだってわかったから、もうだめだ。
  一緒にいたくない。嫌い。きらいだ。
  気持ち悪いから。もうそばにこないで。
  もう、いやだから。』

夫『なんだよ。俺だって、疲れてるんだよ。
  こんなに一生懸命やってるのに、なんで文句つけられなくちゃ
  いけないんだ。いいかげんにしろよ。』

私『一生懸命したくないならしなくてもいいよ。
  無理ならしないでもいい。
  やり直ししたくないのなら、しなくてもいいよ。』

夫『どうして、そうやって怒るの?
  そんなに嫌なのか?俺だってしんどいよ。』

私『しんどいなら、しんどいって言えばいいじゃん。
  あなたが、しんどいなんて、知らなかったよ。
  どうして、こうやって、私が投げかけたときに
  あなたから、実はこうだったって言いだすの?
  辛いなら辛い、大変なら大変って言えばいいじゃん。
  それとも、まだあの人に助けてもらってるから
  私は、必要ないわけ?』


夫『もう、あのことは関係ないだろ。
  もう、何もないよ。どうして信じられないの?
  あとどうすればいいのさ?』

私『もう何もすることなんてないよ。
  こんなに一生懸命あなたは、私とやり直そうとしてくれてるもの。
  もう何もすることないよ。
  ・・・・・・こんなに頑張ってるのに、いつまでも苦しいのが
  もう嫌なの。もうだめだと思う。』

夫『・・・・・・・・・そんなに苦しいのか。
  俺だって苦しいよ。しんどいよ。
  でも、京とやり直したいって思うから、こうしているんだよ。』

私『なんで言わないの?・・・・・・・』

夫『えっ?』


私『どうして、そのこと言わないの?』

夫『どうしてって、僕は裏切った側だから、謝るだけだよ。
  弁解したら、君は怒るだろう。
  君も怒るし、僕も謝ることだけが君にできることだと思ってる。
  だから、弱音を吐いたり
  しんどいことは、言っちゃいけないと思ってるし、
  そうしたいと思ってる。』

私『馬鹿みたい。』

夫『バカ?』

私『そう。馬鹿だ。あんた馬鹿。
  2人でやり直ししてるのに、どうして一人で頑張ろうとするの?
  私がしんどいよって、言ったらあなた、励ましたり慰めてくれるじゃん。
  それは私には、させてもらえないの?
  確かにあなたがうそついて、こんな風に2人でもめてるけどさ
  こうしてくじけやすい私にもほんの少しは原因があるんでしょう。
  それがいいか悪いかは別にしてさ
  私もあなたに謝りたい。私があなたを支えたらだめなの?
  あなたのしんどさは、あなた一人で背負うの?
  それとも、またあの人に相談するの?』

夫『ごめん。ごめんな。
  京には本当に悪いと思ってるから、
  弱音を吐いたらいけないと思ってるんだ。』


私『・・・そういうの、もう無しにしよう。
  あなたはもう私の前でかっこつけなくていいよ。
  かっこつけて私に本音を言わないから
  2人はすれ違ったんでしょう。

  結果的にさ、被害者と加害者みたいになってるから
  難しいのかもしれないけど、そこは取り払っていいんだよ。
  
  だって、あなたといいことも悪いこともシェアしなかったら
  だれとシェアするの?
  あなたのしんどい気持ちは、誰が助けるの?
  誰に知らせたいの?私はあなたのしんどい気持ちが知りたいよ。
  何をどうするかは、できるかどうかわからないけどね。

  でも、いいことも、悪いことも、伝えて。
  ・・・・これ、すごく大事かもしれないよね。
  
  私、感情的だし、何も役に立たないかもしれないけれど
  あなたの考えてること教えて。
  あなたの役に立ちたいって思ってるから。』

夫『そうだね。
  俺が感じたことを伝えないと、2人は、またすれ違うよね。
  ・・・・でもね、京、すごく難しいんだよ。
  すごくそれは僕にとって難しいんだ。
  難しいし、わからないんだよ。』

私『・・それでいいよ。
  難しいってことを教えてくれるところからで。
  あなたが平気じゃないってことを、
  私だけに言ってくれることが、すごくほっとするから。』



  
  

****

『理解という名の愛がほしい』という本があります。


山田ズーニーさんという方のコミュニケーション関連の本
(某有名サイトほぼ日刊イトイ新聞でのコラム集)ですが、
この本の題名に感動を覚えました。
中身ももちろん、夫婦やり直しのヒントがたくさんあります。

この本の題名を見て、数年前の夫との一幕を思い出しの記事とします。

嬉しい気持ちも
悲しい気持ちも
思い出してしまう情けない気持ちも
そして、あなたが平気じゃない、心痛めているという
苦しい気持ちも

理解しあいたい
分かち合いたい
知り合いたいことが願いだと、気がつくことができました。

そういえば、結婚式での
(当時クリスチャンではありませんでしたが教会式でした)
『富むときも、貧しいときも
 病めるときも、健やかなるときも
 互いを慈しみ愛していくことを~』

と、誓いましたが
病めるときとは、まさにこの2人の状態だったでしょう。
2人が病んでいるのだから
2人で分かち合って助け合って
進めばいいのだと、気がつきます。

 

『自分にうそをつかないで、人とつながること』と
『理解という名の愛がほしい』の帯びにうたわれています。

夫とつながること
=負の気持ちも共有すること=自分にも相手にもうそをつく必要はない
の道の入り口が、やっと見えてきた頃(発覚から1年~)です。

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コメント


そうですね~~
私も「夫は、レスの解消にこんなに努力してくれてるんだから・・
もう、これ以上責めちゃいけない、苦しいって言っちゃいけない・・」と思った時期がありました。
夫も「自分は、文句を言える立場ではない・・・」という思いがあったようで・・
でも、結局は、大爆発を起こし、お互いの負の思いをぶつけあったのですが・・
今思うと、その「修羅場」が私たちには、必要だったんだなあと思います。

自分の中の負の感情を、吐き出し・・相手も、それを吐き出してくれることで・・
なんというか、弱い自分たちをいたわりあう気持ちが生まれたように思います。

かっこ悪くて、弱くて、どろどろで、自己中心的で、自分でも嫌になるような自分・・・
でも、愛されて、許されているんですよね、はじめっから・・・
自分のブログでは、触れていませんが(あ、隠している訳ではないんですが。。。)
私、クリスチャンなんです
forgiveさんには、いろんなことを考えさせてもらってます。ありがとう。v-318

このところのforgiveさんの記事を読んでは、ウルウルしてしまいます。
なんか最近涙腺のゆるい私*^^*

ご紹介の本、書店で見かけて気になっていたのですが、
forgiveさんがとりあげてらっしゃるのを読んで、
やっぱり読も~!と心が決まります^^

ご主人との会話、文面だけみると、とても穏やかそうですが
実際は色々と葛藤しながら、
なんとか心の奥を搾り出してきたのでしょうね...。

こんな会話に導くことのできるforgiveさんの底力を感じます。
争いに発展する一歩手前、一触即発のところまで行きながら
forgiveさんを理解する糸口をとらえようと
こらえてらっしゃるご主人の優しさも。

私は夫の表面に出てくる言葉や態度を透視して
心の真ん中にあるものを見つめる習慣がつきましたが
ときどきそれに疲れてしまいます。
夫が自分で ばーっ!と胸をはだけて見せてくれたら
どんなに楽だろうと思うのです。
けれど男性にとっては(と言ってひとくくりにはできませんが)
胸のうちをさらけるのは本当に難しいことなのですね。
女性の私もずいぶんと勇気が要ったけれど、
男性にとってはもっともっと大変なことなのでしょうね。

私は夫の母親ではないけれど、やはり母のようなプラスのエネルギーをもって
相手を認容する姿勢が必要と、改めて思いました。
(不倫を容認したり、相手に心を支配されることとは別種のものです。)
これは夫婦お互いにとって、性別に関わらず必要なことと思います。

けれどやはり...夫に対しては、そのエネルギーを
まず注ぐのは 私の役目...と、心を決めたところです。

リボンさん

修羅場は必要ですね。
その修羅場は、2人の関係の余計なものを一掃してくれた感も
あります。必要な喧嘩・意見交換は、避けて通れないものですよね。それも一度や二度じゃないですね^^;

>自分の中の負の感情を、吐き出し・・相手も、それを吐き出して>くれることで・・
>なんというか、弱い自分たちをいたわりあう気持ちが生まれたよ>うに思います。

そうそう。
夫も私も、弱くてちっぽけな存在です。
だから、夫婦にさせてもらってるとしみじみ思います。



>私、クリスチャンなんです

まあ!そうでしたか^^りぼんさんの文面の底に、勝手になにかあるぞとにらんでいましたが、私の感はあたったかな^^;


ただでさえ、難しい信仰の述べ伝えですね。
しかも、文字だけのこの世界は、ますます狭き門ですね。
私は、クリスチャニティを押し付けてしまいがちです。反省。
りぼんさんのように、そのことを言明せずとも、皆さんと
そしてご主人とともに歩んでおられる姿は、うちから輝くそのものと感じます。

marca-miaさん

ズーニーさんの本は、大判振る舞いで^^;少し前に3冊を
(『あなたの話はなぜ通じないのか』
 『大人の小論文』
 『理解という名の愛がほしい』)
まとめて買ってしまいました。
立ち読みし始めたら、その場を離れられなくなってしまったほどそうそう、これこれ、これをしてきた~~ということが満載でした。
夫婦指南本ではありませんが、コミュニケーションのコツがわかりやすくあります。さすがプロ。文章がわかりやすいです。
サイトも読みに行きましたが、う~ん、なんだろう。画面だとありがたみが薄れる。これは好みと思いますが。


夫との会話はね、怒号・号泣・握りこぶしブルブル・ため息・睨みあい・軽蔑のこもった視線・卑下しすぎる態度・威圧その他もろもろの悪意丸出しです。
文章にあまり出ないのは、私の筆力が足りないのと、今それが過ぎ去ったものだから意識的に抑えて書こうとしている部分もあります。来ていただく方の悪い見本よりも、こんなのもあるよの見本ね。けしてお手本ではありませんが。
そして、marca-miaさん自身にそれを受け流せる何かが芽生えているからかなと思います。


>私は夫の母親ではないけれど、やはり母のようなプラスのエネル>ギーをもって
>相手を認容する姿勢が必要と、改めて思いました。

うんうん。そうですね。
何か母親的な、情や行動でなすことですが、母親じゃない。
時々、私はあなたの母親じゃない~~と怒ったこともありましたが
いや、母親ほどりっぱなことはしてないぞと気がつきますね。
むしろ、母親プラス妻として女性として
母親以上に夫とつながることができる、
パートナーとしての立ち位置を与えられたことに感謝ですよね。

それと同時に、私は夫に父親としてのことを求めてると気がついたこともありました。marca-miaさんはどうでしたか。



聖書の結婚感に
『人はその父と母を離れて、その妻と結ばれ、ふたりが一心同体に
 なるのだ』(マタイの福音書19:5)
とあるのですが、
夫婦のやり直しは、自分自身の真の精神自立であると同時に
でもやっぱり一人じゃしんどいから2人でなんとか頑張りましょうね^^の道でもあると感じています。


ところで、また素晴らしい記事UPされていますね。
前回の記事に続いてリンクさせていただこうと思っています。
よろしくお願いします^^

再びmarcaです。

私も、口に出しては言いませんでしたが、
「私はあなたの母親じゃない!」と心の中で叫んだときがありました。
そんなときの「母親」のイメージは、家政婦的なものだったり、
依存を引き受けるものだったり、息子の尻拭いをする存在...というイメージでした。
母性のマイナス面ばかり見ていたのだと思います。
夫の過ちを知るまでの私は、自分自身で、そんな母性を全開にして夫に接していたと思います。
今は、母性のプラス面(=相手の心の自由を認める態度)に加えて
forgiveさんがおっしゃるように、女性として、妻として...
人間としてのあらゆる柔軟性を、夫の前で発揮したいという思いでいます。
そしてできれば全ての人間関係に、それを応用していきたいと思っています。

>私は夫に父親としてのことを求めてると気がついたこともありました。
>marca-miaさんはどうでしたか。

それは、あまり意識したことはありませんでした...!
父親に対するイメージが貧困なような気もします(笑)
以前よりは夫に甘えているので、
スキンシップを通して、無意識に求めている部分はあるかも知れませんね。

>夫婦のやり直しは、自分自身の真の精神自立であると同時に
>でもやっぱり一人じゃしんどいから2人でなんとか頑張りましょうね^^
>の道でもあると感じています。

仰るとおりですね...!^^
2人の間で紡ぎ出されるものは、1人では決して生み出せないものですね。
人間同士が、お互いに一番気持ちのよい関係でいられる、そのあり方を、
夫とのコミュニケーションを通じて学んでいるなぁと感じます。

>ところで、また素晴らしい記事UPされていますね。

ありがとうございます。恐縮です^^;
どんどん長くなってとんでもないことになってますが、
まだまだ書きたいことが胸の中に途切れていません。
forgiveさんがリンクしたいと思ってくださるなんて嬉しいです。

ところで「理解という名の...」今、読んでいます^^
私も共感の嵐で、ズーニーさんと気持ちが重なっているようで、
読みながら嬉しくなる箇所の連続です。そのうち私も記事中で引用するかも...。

ここでも長くなってしまいました。
いつも読んでくださってありがとうございます。
ではまたまた...!

forgiveさんはじめまして、namiと言います。

こちらへは、たまたまコメントを下さった管理人さんのページ「Monika's blog」を経て辿り着き、何度か拝見していました。
今日は唐突に思うことがあって、
本当はTBさせていただきたかったのですが、自分はexciteユーザーで無い為urlを張らせていただきます。

そしてよろしければ、、、
全くなんのこっちゃ分からないとは思いますが、覗いて見て頂けると嬉しいかもしれません。(笑)

今後も寄らせてもらうと思います。
ゆるすために・・・です。
では。

marcaさん

>母性のマイナス面ばかり見ていたのだと思います。

そうだ!そうですね。母性を夫婦関係に介在させるときに
どうしてだろう、マイナスに考えてしまいますが
そうでないときもありますよね。

実際夫に甘えたい部分もあるわけで、
そのときには母性の気持ちは働いていないし、
私たち人間は一面だけののっぺりした存在ではなくて、
多面的であるがゆえに人間らしくもあることができのですものね。

いい気持ちです。marcaさんと話をさせてもらって
私が掴めそうでつかめていないと思っていたものが
もうすでにがっちり握りしめていたことを知らされてます。
握りすぎ!しわしわになってるから丁寧に伸ばさなくちゃです^^

ズーニーさんいいでしょう^^
目先の言葉の駆使するのではなく
心から出ることを表現できるように導いてくれますよね。

リンクはあと数日時間を取りそうです。
よろしくです^^


namiさんはじめまして。

ようこそおいでくださいました。
もし、TBできるのであればしていただいてかまいませんよ。

そちらにもおじゃまさせていただきますね。

ゆるすために必要なことは
もう全て用意されているのかもしれませんね。
なのに、なかなか気がつかないだけ。
だからこそ、さがすこと、求めること、祈ること、歩むことを
やめないでいくことが大切になってくるのかもしれませんね。

お久しぶりです。
離婚しよう、と真剣に考える事が出来始めています。
責める気にもならないし、怒る気にもならない。
これは諦めの気持ちかもしれません。
でも、もう彼の好きなように生きて行って欲しい。

私に出来る、最大限の努力をしてきました。
それを自覚した時に、もう夫婦の再構築において、
私からの働きかけはないな、と思いました。
やっと自分で自分を認めることが出来たような気がしています。

彼の本心が聞きたくて話し合いをしたり、
自分の気持ちをなるべく穏やかに伝えようとしたり、
彼の苦しみを分かろうとしたり、
自分の中の原因を模索したり、
とにかく思いついたことは端からやってみました。

思いつくことも出来なくなった時に、
「もういいんじゃないかな」と思えたのです。
私は、自分が幸せになるためにここから出て行こう。
前より素直にそう思えました。
「別れなくちゃ」ではなく、
「お互いを解放しよう」という気持ちで。

もう彼を縛りたくないし、自分を縛りたくない。
もっと自由に、もっと楽しく生きていく為には
この場所じゃないなぁ、と。

許してから別れよう。
でも許す、って何だろう、と思ったときに、
「認める」という事かなと思いました。
彼の考えを認めよう。
でも、その考えに追随する事はできなくて。

何だかダラダラ長文になってしまいました。
まとまりつかなくてごめんなさい。
またお邪魔します。

tobehappyさん

長文かどうか気にすることは一切ありませんよ。
思い浮かぶことを書き置いて
いっときでも力を抜くことができるなら
それにこしたことはありませんからね。
むしろ長文歓迎ですから^^


tobehappyさんブログの記事も今、読みました。
ご主人・・・残念ですね。夫婦であろうと、恋人であろうと、また友人の域であろうと、対相手の人の嫌がることをしないとか、
一番大切なものを共に大切にできないこととか
また、うそ・うらぎり・不誠実が人間関係の絆の全てを揺るがすものになるということをおわかりいただけないのは
本当に悲しいことですね。


私も離婚を真剣に模索したときに、夫を一歩遠い視点から見ることができました。夫との接点を探しても探してもなかなか見つけることができなかったとき、ああ、それでいいのだと安堵したことを覚えています。夫なしでも十分に生きていく自分、
生きている自分に気がついてその先を楽しみにしました。

また、私も過日、離婚準備のために
両家の親に全て話したこともあります。
あちらのお父さんが私の両親に謝ってくださるという日もありました。結局ことは今に至っていますが、これからまだ様々なことが
待っているでしょうね。 私の場合はその後、夫の中に捨て置けない部分と、自分の中の弱さを改めて見つけて今にいたりますが、そこが、夫婦としてのことを終えるかどうするか、示されるところかもしれませんね。


認める=ゆるす とtobehappyさんが
腑に落ちたことは、素晴らしいことと思います。
そして、認めたとしてもその考えについていくかどうか、
相手の考えに賛同するかは全く別次元のことですものね。
おっしゃっていることの意味、すごくよくわかります。





お体が大変なときに
tobehappyさんは、様々なことを勇気をもって行動にうつして
また、心砕いて、我慢して、辛抱して
祈って、待って、耐えて、なしえることをなすために
どれほどの想いをもってここまでこられたか
私には想像することしかできません。
でも、tobehappyさんの全てをすみからすみまでご存知の神様が
必ずむくいてくださると信じます。


tobehappyさんがこれまでに積まれた多くの労苦が
形にとらわれないtobehappyさんオリジナルの幸せとなるように
お祈りしています。

どうぞ、いつでもいらしてくださいね。

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