2017 04123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ゆびわその1

結婚してから、3度指輪を作っている。

おしゃれのための指輪ではなくて、
何かを形にするための
誓いを立てた印しとするための
気持ちを刻むための
その指輪だ。

一度目は、結婚の時だった。
式の何ヶ月前だったろう。
2人で宝飾店の
ウエディングコーナー?
エンゲージリングコーナー?
なるところへ行き

これがいい
あれがいい
それはいいけど、値段が高い
これもいいけど、もう少しお金をかけてあれがいい

2人でああだ、こうだ言いながら
私たちは、こんな好みもあっているのかと
また一つ、2人の寄り添い場を見つけて
嬉しく、恥ずかしく購入した。


これは仰々しくするべきものだと2人こだわって、
結婚式まで、お互いが相手のゆびわを保管していた。

式の日にそれぞれがそれぞれのを持ち寄って
厳粛な気持ちで、
結婚の誓いに添えて、
ゆびわの交換をしたのだった。

ああ、懐かしいなぁ。
結婚式、楽しかったなぁ。

ビデオ見直すとかなり、かなり、
もう相当に厳しいけどなぁ(笑)



**

夫は、ゆびわをすることをいとわず
当時、男性としては馴染まない
その装飾品を左手薬指に当たり前につけた。
私にとって、誇らしく、勇ましく、心躍るような
嬉しい嬉しい印しだった。


そんなウキウキ新婚生活が
3ヵ月くらい過ぎた頃、
その印しはあっさりと消えた。

独身おつきあいの頃から
夏は海!と決めていて
この新婚ラブラブ世界はバラ色時代も
休日といえば、2人で海へ はお約束だった。

**

日焼けケアのオイルで
私のゆびわがクルクルと指の節のあたりで
動いていることは、知っていた。

でも、
アクセサリー経験のある普通のお姉ちゃんであった私は
ゆびわが抜け落ちるであろうの危機が
どれほど差し迫ったものであるのか、
今までのアクセサリー人生で、よくわかっていたのだ。

わかっていなかったのは、夫だった。

夫は、オイルに滑らすに任せて
結婚指輪を海の深く深くに沈めてしまった。


**

うら若く、健気で、朗らかで世間知らずの当時の私は
始まったばかりの結婚に
もっと大きな不幸やら、つまづきやら、悲しみやらが
暗示されているように感じて
メソメソしてしまった。

『ゴメンネ。気をつけていたんだけど。』

夫が謝ってくれることよりも、
ゆびわそのものがなくなったことよりも
結婚の全体にケチがついたようで、悔しくてたまらなかった。

しばらく、そう、本当にしばらくメソメソしたり、
笑い話として片付けるフリができるようになっても
心の中で、くよくよしていた。

**

新婚当時、お金に余裕はない。
新しいのを買おうよと提案してくる夫に
経済のことと、気持ちが乗らないからダメと断る。

でも、自分の左手薬指に、残ったゆびわを見るたびに
海に沈んだ夫のゆびわは、
波にもまれて砂になるのだろうなぁとぼんやりと思う。

子供のとき、大切に風船を持っていたのに
手から離れて、飛んでいってしまったあの感じ。
また、もらえるからと、親になだめてもらっても
悲しくて悔しくてせつないあの感じ。

**


ある日、
夫がゆびわをなくしたことを
友人に愚痴る。

友人から以外な言葉がかえってくる。

『よかったねぇ。京子(私)じゃなくて。
 京子がなくす可能性もあったのに、
 なぜかご主人のが先に外れてさぁ。
 ご主人を責めて、終わるでしょ。
 あなたじゃなくてよかったよ。
 自分がなくしたら、もっと落ち込んで自分を責めるよ。』


あっそっか。
そういうことか。

友人の言葉に、胸のつかえがすっと取れる。

どちらがなくしてもおかしくなかったゆびわ。
夫のゆびわが取り去られたのは、
そうされる必要があったからだったかもしれない。

何かに気がつくために
2人がより結びつくために
ふたりがゆるしあうために
用意された必然の出来事だったかもしれない。






スポンサーサイト

コメント


コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:
http://forgive.blog16.fc2.com/tb.php/5-d6354b5e

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。