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絆つくる夫婦⑤もう一度打ちのめされる

夫のことが発覚してしばらくは
平穏なふりが続きました。

夫の謝罪を受け入れて
お互い悪いところを改めて、やり直すと決めたからです。

責めたり、問い詰めたりを続けることはみっともないこと
夫にこれ以上嫌われたらいやだ
また、そのようにする資格が自分にはない
私さえ我慢すれば、これで丸く収まる
と考えていました。

しかし、その決心は長くは続きません。
そもそも、そんな状態での決心は、臭いものに蓋をしているだけで
心の中では、様々な感情がうずまいているからです。



***
例えば、
子供が万引きをする。
それを知る。
叱り、諭すと、罪の大きさに気がついた子供は
謝罪をし、もう二度としませんと誓うでしょう。

親は、子供を信じます。
悪いことがわかった、反省もした。
だから、もう二度と同じ間違いをしないだろうと
信じます。
どうしてでしょう。
また悪さをするかもしれないと、ボンヤリ思うことはあっても
大きな不安に襲われることはありません。

それは、子供の人格の品性を信じているからです。

万引きは、犯罪であり、小さく捉えるべきものではないでしょう。
でも、その人の本質が著しく損なわれるものではない、
やり直しのきくものだとの、認識が私達のなかにあります。

ところが、配偶者の浮気や不倫があったときには
不貞行為をなした者の品格が大きく損なわれます。
人格に疑いがかかります。


不貞のあった配偶者とやり直すためには
した人の品性は損なわれていなかったのだと認識する作業が必要です。


浮気をすること
不倫をすること
長期に渡ってうそをつくこと
隠し事をすること
自己の欲望や虚栄を優先することは

品性や人格が甚だしく損なわれるもの
した人の真心というものが、疑われる行為でしょう。

**

結婚という約束を通して
様々な苦労や
悲しみや
辛いことが
日々起こりうることをある程度用心をして
生きていますが

それは、降りかかること
どうしても避けて通ることのできないものであると思っています。

配偶者の不貞という
する側の意思に基づいたもの
する側の選び取った愚行に
裏切られた側は

私の配偶者は
どこかで見聞きするのと同じような
だらしのない人だったのだ
自分の欲望や何がしかの渇望のために
モラルも、ルールも何もない
何よりもパートナーの悲しむことを平気でできる
冷たい、怖い人なのだとの認識で打ちのめされます。

パートナーの裏切りは
された側の人格を否定すると同時に
した側の人格をも低く貶められる感情に覆われます。


*****


しかし、それは感情がそうさせているだけです。
裏切られた悲しみに、そう感じてしまうだけです。

人はそれほど、いつまでもどこまでも
愚かでいられるわけではありません。

人は、やり直しのできる生き物です。
やり直しのできる生き方が、人らしい生き方だと言えるかもしれません。

裏切った側に人格も
裏切られた側の人格も
愚行そのものに対して、最低の状態に落ち込みます。

落ち込んで、落ち込んで
下がるところまで下がったら、あとは上がるだけです。

上がる作業そのものが
ゆるすこと、ゆるされることになるでしょう。

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コメント


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2006/04/12 03:39の非公開コメントさんへ

こちらこそご無沙汰しています。
連絡ありがとうございます^^

ますます、全てにおいて発展し、
またご家族のつながりや結びつきが
太くて、暖かくて、輝いて、泣けるほど麗しいものとなる
スタートでしょう。きっと!

いつでも、思いついたときにお越しくださいね。

夫とともに非公開コメントさんご家族の幸多かれと、
いやこんな固い言葉じゃなくてね
もういっぱいいっぱいに盛りだくさんになりますように、
お祈りしています。

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2006/04/12 18:04の非公開コメントさんへ

どんなに辛い時間が流れているか、想像するにあまりあります。
お心が塞いで、重たい時間がたくさん流れておられるのでは
ないでしょうか?
昇華されない思いに押しつぶされそうになっていませんか?
大丈夫ですか?

以前、教会で信仰の先輩と不倫・浮気などについて、
話をする機会がありましたが
開口一番、それはこの世である限り、残念ながら
どこにでもあるのですよ、
とおっしゃっていたことを思い出しました。

怒りや、憎しみ、嘆きは
クリスチャンだからしてはいけないと私は思っていません。
ゆるせないものは、ゆるせないし
まして、自分には、そんな度量はないと神様の前に全面降伏です。

私は、ゆるさない。
私は、嫌い。
私は、憎んでいる。

それだけは譲れません。
今はその状態であること。
それでいいのだと思います。

イエス様があのペテロに
『あなたの信仰がなくならないように祈りました』
(ルカ22:32)
と言ってくださったように
私達もイエス様に祈られていますね。

人にはどのように写ろうと
神様の目には、砕かれたあなたの魂がどれほど苦しんでいるのか
よく見えておられるでしょう。

信仰よりも愛が大切(コリントⅠ13:13)とも、
聖書は語ってくれていますね。
信仰のことは、神様にお任せして
今は、非公開コメントさんのお心が安まるための手段と
ご夫婦が一緒に、このことを乗り越えて絆深くなることに
視点をあわせてみる
視点をかえてみる
一時、目をつぶって、自分の自由にしてみる
で、良い時と思いますよ。

言うは安し、行うは難しですけどね。
私も経験してきたのでよくわかります。

祈れないとき、祈りというよりも
悪態や文句を神様にしつこくしつこくぶつけていました。
私たちのいいようのないうめきも
神様はご存知ですものね(ロマ8:26-27)


きっと、私などよりずっと信仰歴も長く
聖書にも通じておられるでしょうに
なまいきを申し上げてすいません。

無理はなさらないで。
心のままでいいと思います。
それだけ傷をおわれたのですものね。
悲しい気持ち、悔しい気持ちは
悪い気持ちではないですよ。
それだけ、ご主人を大切に思っていた証と思います。

非公開コメントさんの心が一時でも
平安になるように、夫とともに祈りましたから。
明日も、あさっても、その次も神様に叫びますから。





お祈りいただき、ありがとうございます。
あたたかいお言葉に、少し肩の力を抜いてみようと思えました。
感謝です。

ももさん

少しでもお役に立てたのならこちらこそ感謝です。

ここでよければ、またどうぞ遠慮なく
お話ししていってください。

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