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水曜日 夜7時

私が集っている教会では、毎週水曜日に
『聖書研究』とか『聖書を学ぶ』集会があり
その時間にまた『祈り会』がある。

夜7時からだ。
仕事も上手く運ばないし、家のことも子供のこともあるし
毎週必ずとはいかないが、できるだけ都合をつけて参加するようにしている。




『週の半ばに、全ての雑事から解放されて

 教会のこの礼拝堂で心静めて、

 祈るひとときが与えられたことを、心から感謝します。』




ばかのひとつ覚えみたいに
私はいつもこう祈り始める。
だって本当にそうだからしょうがない。

茶碗洗いも、
洗濯物たたみも
おもしろおかしいテレビ番組も
心に残っているあの悩みも煩いも
夫に話さなくてはならないあんなことも
週末までに仕上げる約束のあのレポートも


今は、全てゆだねて、自分の手から手放すことをゆるされて
祈ることに集中できるこの平安はなんだろうか。


夜の教会は、格別にいい。
もちろん、日曜日の礼拝は、本家・本元・元祖なので言うまでもないが

一週間の真ん中の数分が、しんと静まるのだ。
心が静寂に覆われるのだ。

物理的に、心理的に、積極的に静かな時間は、
自然でおくゆかしくて澄んでいて尊くて平和で
希望がやってくる。

何もないのに、幸せだ。
何ももたないのに、安心だ。
何もかわらないのに、平穏だ。

祈るとは不思議なことだ。

**

お近くに教会のある方は、どうぞ、足を運んでみてくださいね。
きっと週の半ばあたりに祈りの夕べがあると思います。
日曜日が行きづらいと思う方こそ、お試しにどうぞ。

**


さて、
祈りの時間は、毎回30人前後が集うのだが
くじびきでペアを決める。
(うちの教会の場合ね。他の教会ごとで違う方法と思います。)

先回は牧師とペアでした。
ああ、緊張するなぁ。マンツーマンは誰とでも緊張します。

世の中の憂うことや
教会の計画、個人的なことをシェアしあって祈ります。



(会話抜粋・簡略化しています)

私『先生、個人的にお祈りさせていただくことは?』

牧師『足がね、腫れてずっとおかしいんです。
    病院に行っても原因がわからなくて。
    傷みもありますから、解決があたえられるように祈ってください。』

私『まぁ・・そうですか。知りませんでした。』

牧師『forgiveさん、いかがですか?』

私『子供が教会に来たりこなかったりで・・・
  受験のこともあるので、先生そのことをお願いします。』

牧師『はい。わかりました。私から祈りますね。

   天の父なる神様、今晩は、こうして愛するforgive姉妹と
   お祈りできる時間をいただけました。本当に感謝します。

   神様、どうぞ、forgiveご夫妻がいたわりあい、慰めあい、愛し合う
   神様に喜ばれる素晴らしいご夫婦としてますます絆溢れるように
   お守りください・・・・・』


ひえ~~~~~。
子供のことってお願いしたのに、まずは、夫婦ときたもんだ!

しかもまず、いたわりあいなさいだよ!

私がなかなか夫をいたわれないことを
神様はお見通しなんだ。

・・・・恥ずかしいわ。
以前の私なら、でも神様と必ず、言い返していた。

神様、いたわりたくても、夫はいたわるに値しない人です。
私は夫をいたわりたい。でも、いたわることがどうしてもできません。
どうか、神様、夫を心からいたわることができる私に変えてください。

いたわれなくて
憎んで
怒っていたから

苦しくて苦しくて、助けてくださいと
いつも祈っていた。

今、こうして『いたわりあうこと、慰めあうこと、愛しあうこと』を
素直に受け入れたいと思う。
神様は私を確実に変えてくださっている。

祈りの答えは、最善のときに
最善の形でやってくるようだ。






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コメント


あうーん
>週の半ばに、全ての雑事から解放されて
>教会のこの礼拝堂で心静めて、
>祈るひとときが与えられたことを、心から感謝します。
>ばかのひとつ覚えみたいに
>私はいつもこう祈り始める。
>だって本当にそうだからしょうがない。

祈ると、ほんとうにそうですね。
アタシ、あんなに調子が悪かったのにね
ちゃんと平和になっています。
別に問題解決しているわけではないのに
問題の見方が変わっちゃうんでしょうね。
今日、私もお子ちゃまをピアノのレッスンに連れて行ったとき
ただただ神様と語らっていました。
車のなかで
(外から見たらおかしくなったひとですね)
v-389

いつも神さまに向きなおさせてくれるような言葉をありがというございます。

forgiveさんも忙しい毎日の中で祈祷会(なんか古い言い方ですね、私の教会や今礼拝に参加させていただいてるすぐ近くの教会ではそうよんでいます)に出席しているのですね。

忙しくても、主を第一にするならば、大きな平安をいただけるのですね。
私も心がシンと静まり返るようなひとときを味わってみたいです。
きっと格別でしょうね。

日曜は万障繰り合わせて礼拝に出るのですが。
週日はもう行けない・・・と自分の中で決め付けてしまっているようなかんじです。

十年くらい前は、どんなに忙しくても夕飯を作って子供達に食べててねって言って参加していたものですが。

このような生活を続けていると、霊的に弱っているな・・と自分でも思うことがあります。
忙しいという字は、心を亡くすと書きますが、此の世のあれこれに忙しすぎると大切なことを見失いますね。

水曜日は多分、職場から直行というわけには行かないので当分行けそうにありませんが、心はいつも神さまを見上げて歩みたいとforgiveさんのブログを読んで思いました。

eremiyaさん

祈るってねぇ~ほんとにね。
不思議だわね。

クリスチャンになりたての頃、
すなわち夫とのことで毎日、怒り狂っていた頃
食事の前のお祈りの度ごとに
鼻息の荒さが収まった覚えがあります。

祈るって、素敵だわね。

外から見たらへんなひとも内側は一皮むけつつ
輝く準備でしょうね^^

pisonさん

いかなければならないとすると
縛られちゃいますね。

義務ではなく、特権とすると
肩の力抜いて、行く準備を整えることができたり
行くことができなくても自分を責めることも
ありませんよね^^

毎週は大変だから、
月に一度だけ。

月に一度が無理なら
3ヶ月に一度だけ。

そんなゆるいハードルでいいと思います。

今は物理的に無理でも、きっと参加したいの思いが
大きくかなえられる日がきっとくると思います。

お仕事大変そうですね。
無理なく、自分の器の分だけ頑張るのが
神様は一番喜んでくださいますよね^^

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