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一生もの

この傷は一生消えない。


もし、傷が消え、見えなくなってしまったときは
私は、鈍感で、無責任で、思いやりがなくて
自分だけを大切にすることを求めてやまないバカ女に戻る。


この傷で、
心をえぐり、人格を砕かれ、どん底を這う苦しみを味わった。

だから、傷を治すことを
傷から回復することだけを願ってしまいがちだけれど


この傷がもし、まっさらに消えることがあったなら
それは、私がこのことを
どうでもいいこととしていることになるだろう。




この傷は、一生忘れてはならないと思う。
この傷をもし忘れることになったなら
それは、傷をなしたことがたいしたことじゃないのだとすることになる。


けれど
傷をバネにして、必要以上に荒んではいけない。
この傷が可哀相と撫ぜてばかりいてもいけない。
この傷のせいでと悪いことばかりを数えてもいけない。

祈って、この傷に感謝しよう。


この傷がなければ

私は、
受けるばかりの
請うばかりの
厭うばかりの者だったはずだ。

この傷があればこそ
私は生まれ変わらせていただけるあの方に会えたではないか。

この傷があればこそ
やっと人の傷みを思う人に少し近づけたではないか。


*********************






夫の愚行を知るまで
世でいうラブラブの幸せ夫婦でした。
子供たちもそこそこお気楽で、ご機嫌な状態でした。

日々、それなりに嫌なことがあったり
調子の悪いことがあったりもしましたが

頑張ればとか何とかなるとか
適当に思っていました。

自分の力でなんとかなると考えていました。

だから、落ち込んでいる人や
悩み多い人は、努力が足りない人なのだと
もっと頑張ればいいのにと思ったりもしました。

体験しないとわからないこと。
自分の小さな脳みそでは、想像もできないことがあること。
そんなことも分からない小さな者なのに、
全ての 一部の全てをわかったつもりでいました。
自分が小さくて、足りなくて、愚かものだとわからない。

もちろん今もわからないことはたくさんありますが


自分は何も知らないものだと知ることができただけでも
ほんの少し進歩したかもしれません。

一生ものの価値ある進歩のスタートラインに
やっと立つことができたのかもしれません。
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コメント


こんばんわ♪
私も、ずっと順風満帆の人生だったと思います
「なせばなる」という考えが、根底にあり、できないのは、努力が
足りないからだ・・と、そんな考えをもっていました
そういった傾向は、クリスチャンになった後も、かわりませんでした(汗)
結局、夫とのことで悩み、傷を抱え、やっと・・
「本人の努力だけでは、どうにもならないことがあるのだ」ということを
身をもって知りました
「無知の知」といいますが・・・
かつて、私は自分の罪を知っているつもりでしたが、やっぱり、何も
知らなかったんだなあ・・・と思います

本当に同感です。

自分で受けて初めてその痛みを知るんですね。

自分の力で切り開き、自分の力で得たと思うなら、それはバベルの塔を立ち上げていることになるのかもしれません。

私達は時々、自分の力ではどうにもならないことの前に出くわして、右往左往して、砕かれることが必要なのでしょうね。
自分の力、努力ではいかんともし難いコト、つらいですけれどね。

私も、子供を失って初めてイエスさまを十字架に死なせた神さまの痛みの一端を知ることができました。

そして、愛する夫の裏切りを経験して、神さまが私を愛してくださっているのに、それに対して私は同じよな裏切りをしていたんだな・・って。
愛する者に背かれること、本当につらいです。

でも、辛いということはそれが大切だってことだよね。
どうでもいいことには痛みは少ないものね。

星野富弘さんの詩で一番好きなのがこの「傷」の詩です。

わたしは傷を持っている
でもその傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる

forgiveさんの優しさもその傷によって増し加わったのでしょう。

リボンさん

身をもって体験しないとわからないこと・・・
私も痛感しました。痛い授業料でしたが
余りある恵もあることを忘れてはいけませんよね^^

>私は自分の罪を知っているつもりでしたが、

私たちがどんなに敬虔に頭を垂れても
それをはるかに超えた存在がおられますよね。
わかったつもりこそがいけないとわかっただけでも、
よしとなしていいのではないかしら^^

pisonさん

>でも、辛いということはそれが大切だってことだよね。
>どうでもいいことには痛みは少ないものね。

本当にそうですね。

執着や未練なのかと悩んで
マイナスにとらえがちなこともあったのですが
それは砕かれる過程ですね。

かけがえのないものだと
気がつくことができたと今は、とても大切に慈しむことが
できるようになりました。やっとだけどね^^;


星野さんの詩ををありがとう^^
私も大好きです。


pisonさんの身に起きた様々な苦しいことも
きっと輝く傷ですね^^

私は自分に罪なんか無いと思っていました。
今考えると恐ろしいですが(笑)罪だらけなのに。
今回の夫とのことで、自分がどんなに愚かな人間なのか、
傲慢だったか、を知る事ができました。
たまに感謝をし、たまに悲しくなって泣きたくなります。

だけど、イエス様に出会わせてくれたのも今回の事なんですよね。
まだまだ不信仰で、友人に「クリスチャンになった」と言えませんが、
先日、洗礼を受けました。
これからもよろしくお願いします。

ryshさん

>たまに感謝をし、たまに悲しくなって泣きたくなります。

ああそうですね^^
私も感謝と悲しみがごちゃまぜになるなんとも言えない
気持ちがあります。


>イエス様に出会わせてくれたのも今回の事なんですよね。

そう。どうしてかは知らないし
よくわかることは神様の御そば近くに行けたときなのだと思います。

でも、私達を完璧にどんなときもいつでも
愛して助けてくださる方がいるのだと知ることができたことは、
何ものにも変えがたいことなのだと思います。

>まだまだ不信仰で、友人に「クリスチャンになった」と言えませ>んが、先日、洗礼を受けました。

うふふふふ^^
私も最近ですよ。言えるようになったのは。
自然にいきましょう。

受洗おめでとうございます^^


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