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お前が頑張れよ

数週前ですが、施設の利用者さんとともに小旅行に行ってきました。

車いすに乗った、四肢麻痺の方と
知的障害をもたれた方、お二人と
職員がそれぞれについて、6人の楽しい旅でした。


時に、食事時間。
四肢麻痺の方は、まったく手がなえているので
職員である私たちが、全て口に運んで差し上げます。
全介助です。

皆で、ゆっくりおしゃべりをしたり、
少しふざけたり、田舎の空気のおいしさもあいまって
楽しく、おいしくいただきました。

食事も一段落したそのときに
遠めに座っていたご婦人の一団が、帰り際に声をかけてきました。


『かわいそうにねぇ。』
『頑張ってね。』
『頑張って生きてね。』
『くじけないでね。』
『本当に、頑張ってね。』
『ねぇ、かわいそうに。』


突然のことで、何をどうして何に向かって
言われているのか、すぐには、分からずにいましたが
繰り返される『頑張れ』にだんだんとむかついてきました。

むかつくという言葉は、こういうときに使っていいのだと
とてもよくわかりました。

ご婦人は、おばさんたちは、
この小集団にむかって
『かわいそうに、かわいそうに』を連発していました。

障がいのある方との接点が
ほとんどないであろう、おばさんたちの
一見善意ともとれるような励ましは、

十二分に頑張って、親から離れ、
こうして旅行までもできるようになった彼女たちに
かわいそうな人生忘れるな、それを背負えと連呼しているようで
私のスイッチをむかつきONにします。


以前に、自閉症やダウン症、その他様々な重度の障害を持たれた
お子さんを持つおかあさんたちとの交流・学び会がありました。
そのときに、まずは、教えていただいことが頭に浮かんでいっぱいになります。

【この子たちを『かわいそう』とだけは思わないでください。
 この子たちは個性的なんです。
 個性が強すぎるのです。ですから、その個性を皆さんの個性とともに
 生かしていただけると、きっとまた新しい何かがうまれると思います。】


けたたましいまでの『頑張れコール』が去ったあと、
いつも温厚で、冷静で、力強く、誠実な
尊敬する先輩職員がひとこと言います。


先輩職員 『頑張れ頑張れって、自分が頑張ればいいんだよ。
       ねぇ丸山(仮名)さん、お前が頑張れよって
       言い返してやっていいんだよ。』

丸山さん 『私は、頑張らないよ~~。いつもありがとう。あははっは。
       職員さんは頑張れよ。あはっははは。』




彼女たちは、乗り越えています。
乗り越えていて、また、乗り越えさせてもらっていることを
よく受け止めておられます。


わかったつもりになっている。
知ったつもりになている。
できたつもりになっている。

そんなことが、数えきれないほどあること。
まだまだ、私が学ぶこと、信じること、ゆだねること
祈ること、心和むこと、神様はどれほどプレゼントしてくださるのだろう。

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今の生活②ほぐしほぐし

田口ランディ公式ブログより
ブログを休んでいるときは、なにもないわけではなくて、
いろんなことがありすぎて書く時間がないのだ。
ブログはだいたい、暇なときほどよく更新する。

気がつくともう五日も書いていない……というような時は、
書くことを忘れているくらいいろんなことがあって、
いわば充実しているときなのだ。



*************

プロの文章は、簡潔明瞭で分かりやすい。
しかも、好みもあるので、ますます惹かれます。
今の私の日々を寸分たがわず、言い表していて、
引用じゃなくて、まねしたい、丸写ししたいくらいと正直、そう思う。





悩んでいるときや、苦しいとき
切ないときや、困ったとき、
まさしく試練に没頭しているときは、
何か書かずにいられない。いや、いられなかった。

その苦しいことや、考えることが
頭の中や心の中だけに押さえ込むことができなくて
湧いてくる湧いてくる、いや
こみ上げる?いやいや、そんなきれいな形じゃなくて
逆流してくるような感じだった。


今も、子供のこと、生活のこと、日々のこと
ああ~~~苦しいと思うことはあるけれど
そのことを思い煩うことはないので、
ブログや文章に表すことに
没頭することはなくなった。

よく言えば、
様々な起こってほしくないこと
うんざりすること、
がっかりすること、しんどいこと
これさえなければということを

これは、必要だから起こった出来事なのだとか
面倒だけど、やり終えたら、気持ちいいかもと思えたり
このことがなければ、道を見失うのかもしれないと

自然と、楽に、構えずに思えるようになったからだと思う。



悪く言えば
深く考えなくなったからかもしれない。

いや、考えすぎなくなったからか。

私は、自分の力量も超えて、
思い上がって考えていたのではないか、
だから、神様が、頑張りすぎるなよと
今、肩の力をほぐしほぐしされているような気がしてなりません。



今の生活①

GOSPELのレッスンも復活している。

ノンクリスチャンがほとんどのクワイアだけれど、
先生がクリスチャンだから、祈りに始まって祈りに終わることが感謝。

賛美を好きなメロディにのってできることも感謝。

普段は???と取られる『私クリスチャンなんです』を
比較的、あっさりと受け止めていただける場であることも感謝。

忙しいという言葉は、つかえないような充実と時間ぎゅうぎゅうの日々です。

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