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絆つくる夫婦のために(33)怒りについて③

絆つくる夫婦のために(32)怒りについて②の続きです。


そもそも怒ることをよしとせずに私たちは、
育ち生きてきました。

怒るのは、みっともないこと
怒るのは、自分勝手なこと
怒るのは、我慢がないこと
怒るのは、自己中心なこと

怒るのは、未熟であること

様々な教えや経験が、私たちに刷り込まれて
怒ることや怒りそのもの感情が沸くことを、
よいものではないと私たちは思い込んでいます。

しかし、本当に、怒りはいけないことなのでしょうか。
怒りは、封じ込めないといけないものでしょうか。

私たちの心に起きる様々な思いは
けして、閉じ込めることによって無くなるようなものではなく
怒ることをしないと、あなたの心の殻は破ることができません。

怒ることはけしていけないことではありません。

但し、怒りの種類を選ぶことをしないと
怒りの波にとらわれて、私たちは、怒りに滅ぼされていまいます。

破壊的な怒りは、人を孤立させ、人間関係に断絶をもたらす。
怒りは魂の中心に居すわり、他の全ての感情に汚染が広がる。
その人の考え方、選択、行動をゆがめる。
破壊的な怒りは、本来正常であるはずの悲しみのプロセスを傷つけ、
それを病的な悲哀に変え、こころを凍らせる。

建設的な怒りは、人と人を隔てる壁を打ち壊そうとする。障壁を取り除くことを求める。
コミュニケーションが再開されるようにと訴える。
エネルギーを総動員して不正を正そうとする。
相手の人との間に嘘のない結びつきをつくる。

建設的な怒りと破壊的な怒り、この両方のタイプの怒りが、常にわれわれのなかにある。
われわれはそれを選ぶことができる。
怒りを表現するかそれとも否定するかを選ぶのではない。
そうではなく、破壊的な怒りを建設的な怒りのどちらを選ぶのかということだ。否定的な怒りをそのまま受け入れるのか、それとも建設的な怒りが、壊れた関係や望ましくない状況を変えようとし、もつれたコミュニケーションや息の詰まる状態を打開しようと選ぶのか、どちらなのかということである。

赦しの作業の中心には、破壊的な怒りの感情をどのように整理するかという仕事がある。

【赦し―新しい人間関係を生み出す】より


少し、理屈っぽくなりましたが
つまり、先に記事にしました
『気のすむまで』を続けているうちは、
ゆるすことの完了は、
こないとある日気がつくときが来ます。


気のすむまで=破壊的な怒り=甘え です。
それも、弱者としての自分の甘えではなく
高ぶる、傲慢な、威厳者としての甘えです。

私は、そうでした。
夫がどんなに謝っても
夫がどんなに彼なりの努力をしても

私の合格点に達することができなければ
彼を怒りで制することをやめませんでした。

続きます。




*****
余記です。

中身のないような
わかるようなわからないような長い記事を
読んで下さる方には、申し訳ありません。

次回あたりで、結論づけたいと祈りつつ書き上げています。

いえ、答えはないかもしれません。
確かにはっきりとした答えは、私の中にあります。
でも、それを表現すると、その答えが読んで下さる方の
答えにはならないような気がしてなりません。

長々の書き連ねを受け止めていただいていることに感謝して。
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余地

リボンさんの記事、『がんばれ・・・ということ・・・』を読んで
鬱経験者からのお願い~頑張れっていわないでねの記事を以前に書いたことを思い出した。
(注!リボンさんのそれは、セックスレス関連だから
 鬱病の人にかける言葉とは、まったく別です。)

その過去記事を読むと、弱っていたなぁ私、と思う。
まぁしょうがない。そんなときもあるわと、笑い飛ばす。
笑い飛ばすし、冗談にもするし、
よく、頑張った!これからも頑張れ自分と、
自分に自分で頑張れと言えるようになった。





ネットをさまよっていたら
こんな文章を見つけた。

そこから一歩一歩前に進んでいくためには、
何人もの人の手助けが必要で、
抱きしめて一緒に泣いてくれる人も、
突き放し叱ってくれる人も、
冗談言って笑わせてくれる人も、
サバサバと笑い飛ばしてくれる人も、
一緒に右往左往してくれる人も、
何も言わずにそばにいてくれる人も、
本当に色々な人が必要で、大切なことは、
そのたくさんの役目を一人の人間が負うというのは不可能だということ。
それをきちんと認めること。
『おぐにあやこの行った見た書いた』より

助けてもらった、支えてくれた、慰められた手は数知れず、
誰か一人がこうしてくれたからとはありえない。
一人の人に重きを置くことは依存するに似たりだと思う。

時にかなった助け手や言葉を運んでくれる人を
送ってくださった神以外ないだろうと
全ての最善に感謝するしかない。



また、今、自分自身の苦しみを抜けた今、
苦しんでいるその人に向ける姿勢と言葉を選ぶときに


>大切なことは、そのたくさんの役目を一人の人間が負うというのは
>不可能だということ。 それをきちんと認めること。


自分が苦しんだところを通り抜け、立ち直った分だけ
今、苦しむ人の助けになりたいという思いは
けして、不純ではないけれど

私がこうしたから、あなたも大丈夫も思想の押し付けになりがちだ。
それは、中身のない共感、頭だけの理解、無神経な励ましにならないようにと、
自分にきつく言い聞かせる。

そして、
夫のことだから私が
妻のことだから僕が
子供のことだから親が
親友のことだからと私が

と、一人で全てを背負う必要はない。

自分の背負う分だけを背負えば
後は、どう手放すかが、本当に大切なことだと思う。

手放した先に、神様の働く余地ができる。
神様の働く余地とは、
何かすることのできるわずか部分であり、
残されている可能性の満ちているところだ。




追記*もうひとつ過去記事をリンクします。

ニーバーの祈り

神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
                 
           ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)






神様、助けてください

祈るためにまず必要なのは、

沈黙です。

祈る人とは、

沈黙の人といってよいでしょう。

マザー・テレサ





沈黙するのは、何もしゃべらないことじゃないだろう。
頭と口と心の中もからっぽにして
想いを神様だけに向けることだろう。

神様のことだけを考える。
神様がどうしたいのか、よくよく聞き耳を立てる。

神様の示し方は、とても柔らかくて、とても繊細で、
とても見えにくいものだもの。


20070626001250.jpg



日曜日は教会で、礼拝~夕拝と過ごすのだが
夫と二人してなんだか疲れて、
いや、疲れているから、礼拝を終えてすぐ、あえて街の雑踏へと向かった。

若い人が溌剌と働き、
様々な人が、ざわめいているカフェでお茶をする。
雨降りの窓越しに、巨大なビルがまだまだ成長を続けている。


朝から一緒に出かけて、教会で過ごし、車にもずっと一緒に乗って
もう、話すことがないだろうに
話題は、どうでもいい話題は、いくらでも口にのぼる。

でも、今日はあのことを二人は、口に出さない。



二人して途方にくれて
今までたくさん話してきて、これからも話すだろうことは確実で
慰めあったり、励ましあったり、知恵を絞りあったりすることが
この先、とても長い道のりですることが確実だから
その話題は持ち出さない。

だから、もう黙ろうか。
どうでもいい話も、意思相通というというおしゃべりも
今日は、もう閉じようか。

二人して、窓の景色をぼんやり眺めて
おいしいお茶にほっとする。

今日くらいは、黙っていたっていいじゃない。

話さなくてもいいじゃない。

話さなくても
声に出さなくても
口に出さなくても

私たちが同じ想いで、心を痛めていることが手に取るようにわかる。

二人とも泣きたいような気持ちで
手を取り合って祈りたい気持ちで
二人して懇願せずにいられないような気持ちでいることがとてもよくわかる。




娘が心の病を発症して、しばらく経つ。
自分が病んでいるときは、どうにかなると
心の隅の薄日を感じることができたが

子供のこととなると、私も夫もからきしだめだ。

途方にくれる。

母親の育て方が悪かった
父親のやり方が悪かった
夫婦のあり方が悪かった

それが原因じゃないとする理由はただの気休めで
事実、それを痛感しているから
弁解の余地もなくいる私たちは、きっと黙るしかない。

そして、祈るしかない。

神様、助けてください。

どうか、娘を助けてください。

神様、あなたは
私を、夫を、そして夫婦を作り直すことができたお方ですから
どうぞ、神様、娘を助けてください。

歩け歩け運動

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結婚(20年)以来、ちょっとのブランクはあってもずっと共働きです。

共働きと言っても、夫の経済でなんとかできないわけじゃない。
でも、どうなんだろう、私は専業主婦は好きなのに、
どうもだらけてしまいがちなので
そのときにかなった仕事を選びつつ与えられつつ、なしています。

キャリアを積みたいとか、自分の生きがいをなんて
そんな大望はまったくありませんでした。
まぁ外に出て働くのは、個人の喜びが大きく
でも、対をなして、子供や家庭をないがしろにしているような
罪悪感がぬぐえない状態でした。
どんなに夫が協力的でも。
なんだろう?育った家庭環境のせいかな?

子供が小さかったときは、10年近く在宅の仕事をしました。
下の子供が学校に上がったあたりに、
時間がたくさんできたような気がしてフルタイムで会社員となりました。
(この頃の自分は天狗だったとうんざり)

そして、数年勤め上げたあたりで
夫の事件があって、体調を崩して仕事をやめます。



やっぱり私が家庭じゃなく、自己実現を優先したから
撥があたったんだぁと、という考えに覆われました。

が、んなぁわけはない。

夫が悪さをすることと、私がいたらない妻であることは、別問題です。
その話は、過去記事で記しましたので、ここでは割愛しますが。



体調を崩して、仕事をやめて
家で泣いたり、家事したり、家事できなかったり、
薬飲んだり、眠ったり、ちょっと起き上がれるようになったり
でも、また寝たり。

まずいなぁ。このままだと腐るなぁ。
会社勤めの給料のよさからの貯金も少なくなってきて
やはり働こうと立ち上がりました。

そう、立ち上がりました。
そして歩きました。

夫浮気事件の発覚から
しばらく泣寝泣泣寝寝寝泣泣寝寝怒などばかりでしたから
人と蜜に接する仕事は、無理だなぁと
こっそり、しかもマイペースでできる仕事を探して

出会ったのは、ちらし配りです。
ダイレクトメールや、メール便、週間の情報冊子などを
自分の都合とうまく合わせて、時間を捻出して
近所を配り歩きます。

そりゃあもう、歩き回ります。

歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く歩く。
坂を上り下り
敷地の大きなお宅を何分もかけてポストひとつ探し出したり
階段を上り下り
アパートの一部屋一部屋のポストを黙々とたずね歩きます。

犬に吠えられ、猫に逃げられ、
雨から逃げて、風に髪なぎ倒されて
太陽には焦がされます。

ご苦労さまと労らわれ
こんなちらし入れるなと叱られ
待っていたのありがとうと声をかけていただき

窓から漏れる赤ん坊の泣き声や
換気扇から流れただよう夕げの匂いや
学校帰りの子供たちのおしゃべり
整えられた美しい庭
干しっぱなしの洗濯物
さびて放っておかれている自転車
手入れされていないだろうに、咲き乱れている花々
打ち水された門前


どれもどれも抜き去って歩きます。
ただただ歩きます。

時には、なんだか泣けて泣けてしょうがない。
だから泣きながら歩きます。

時には、心が休まることを感謝して歩きます。

時には、疲れて

時には、喜んで

時には、うんざりして

時には、鼻歌を歌いながら

時には、考えて考えて考えて頭の中がどうにかなりそうになりながら
歩きます。

時には、無心で歩くことだけをして、歩きます。

***


後になって知ったのですが
歩くことは、脳を楽しませ、前向きな気持ちにさせる
ホルモンがでるのだそうです。

歩くことで、特別に何かが解決したり
何かが変わったりしたわけではないけれど
そのような時間を過ごすことができたことは
私の感情を、すべらかにする一端となったでしょう。

ふーむ。
だから、歩け歩けと人は薦められるのかと府に落とす。


****

今はまた別の仕事についていますが
今の私にとっての最高の仕事が与えられています。

神様は、にくいことをなさるなぁ。
私をどこまで、ひっぱっていってくれるのだろう♪


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ところで、この猫ですが、
歩き疲れた私に、ではゆっくり休みましょうと誘ってくれる
素晴らしい職人であります。

絆つくる夫婦のために(32)怒りについて②

どうすれば、怒りは消すことができるでしょうか。
コントロールできるでしょうか。

怒りは、発散することや気を紛らわすこともとても大切ですが
その根本をなんとかしないと、なくすことはできないでしょう。

怒りの消し方・コントロールの仕方を
次回から記事にしていきたいと思います。


続きます。



絆つくる夫婦のために(26)怒り の続きをと、とき置いて、長く経ってしまいました。

夫と私が、夫婦をやり直していく中で
一番てこずったのが、この怒りの感情です。

落ち込むことや悲しむこと、嘆くこと悔やむことや、
打ちひしがれることは
ひっそりととつとつと語ったり、伝えたり、
もしくは、一人浸ったり、その感情の中にとどまると
波は去っていくこともしばしばでした。

もちろんそれはそれで、とても辛い時間でしたが
ひとしきり泣いたりすれば、なんとか回復への足がかりを見つけて
ひと段落したものです。

また、悲しくなってきたとき、辛い気持ちになってきたときに
気晴らし(大きな声で歌う・とにかく歩く・薬を飲んで寝る・電話をする・くだらないテレビを見る・心温まる映画を観る等)をすれば
なんとかやり過ごすことができたのですが

怒りの感情がふつふつと湧き上がってきたときには
それを抑えようにも抑えきることができませんでした。

私は絶対にゆるせない ゆるさない ゆるしたくない。

この気持ちだけが前面に出てきて
夫が様々に改心したことや
子供たちが、見てみぬ振りをして、
夫婦の揉めているさまを我慢していること
(たとえ、修羅場を見せなくても空気が伝わっています)や、
過去は過去だと言う自分に対する言い聞かせも
今ある幸せに満足しようというスローガンも
もうとにかく何もかもがいやになって
腹が立って腹が立ってしょうがないのです。



*****

学問的に分析していくと、ゆるすためには条件があるそうです。

①謝罪/反省
②理由の説明
③被害を受けた側の感情の吐露
(自分がどれだけつらかったか、
 相手がどれだけひどいことをしたのか)
④再発防止の約束
⑤報復
⑥賠償
⑦処罰
⑧時の経過

この条件のうちをいくつかをチョイスして
またはすべて選んで、私たちは、ゆるそうと試みるそうです。
そうして、
私たちはゆるす過程に、置かれるのですが
それがゆるす完了につながるかどうかは、相当の困難を極めます。

と、いうのは、すべての条件が
『気のすむまで』という枕言葉に修飾されるからです。



①こちらの気のすむまで、謝罪/反省をさせる。もしくはしてもらう。
②こちらの気のすむまで理由の説明をさせる。
③気のすむまで被害を受けた側の感情の吐露をする。
(自分がどれだけつらかったか、
 相手がどれだけひどいことをしたのか)
④こちらの納得のいく(気のすむ)再発防止の約束をさせる。
⑤こちらの気のすむまでの報復をする。
⑥こちらの納得のいく(気のすむ)賠償をさせる。
⑦こちらの納得のいく(気のすむ)処罰をする。
⑧気のすむまで時の経過を受ける。

気のすむまでは、時に怒りを呼んできます。
不思議なもので、優しさとか慈しみとか、愛情などを増やすことは
努力をしないと、心していかないと、増幅しないものなのですが

怒りは、簡単に増幅します。

怒りは、新たな怒りを呼んできます。

*****



こうして書き出してみると
怒ることはよいのか、悪いのかと捕らえてしまいがちですが
もしくは、
夫婦のやり直しに役立つのか、したほうがよいのか悪いのかと
考えがちですが
この気のすむまでを潜在的にでも意識的にでもしていくことが実はとても大切です。

というか、怒りを感じない人は、怒れるように
怒ることを感じてばかりいる人は、怒ることに認識を持つように
することが肝要と思います。


それは、怒りによって、自分の押さえ切れない感情や
統制できない醜さ、自己中心の情けなさを知ることができるからです。
また、怒りをあらわにすることで、固まった心を砕いて
奥底に潜む、本当の苦しみに気がつくことができることもあります。

怒りは、けして悪いものではありません。
しかし、怒りは増幅しやすく、すべてを焼きつくすものです。

怒ることは、心の奥底に潜む何かに気がつく最後の砦です。
しかし、怒りだけに包まれることは
すべてを失うことにつながりかねません。

続きます。

朝ズバ!

朝食後、パソコンに向かうと必ずと言っていいほど
お手洗いに行くことができます。
まるで、本屋さんの立ち読みでそうなるみたいに。
(下世話な話ですいません)

なので、3分でも5分でも時間を作って
毎朝、パソコンに向かいます。

出かける用事や仕事のある日は、お手洗いに行ったあとは
そそくさとパソコンのスイッチを切り、
それ!とやることを始めるのですが

今日は一日、家仕事の日となると、あと少しだけと
パソコンの前に戻ってしまうこともあります。

心震わされる、勇気もらう記事に出会えればなおさらです。



母子家庭 男 子供 虐待というエレミヤさんの記事を
朝に読んで、心奮い立たされて、喜んで、小躍りしたくなりました。
いや、パソコンの前で、じっとしていられなくて、小躍りしました。


勢いが出てきたのでもう一発投稿しちゃいます。

このところ表面にどんどんあふれ出てきた虐待話,
今日は標題のテーマで話をしようと思います。

結構な割合であるのが、
母子家庭の家に転がり込んだ男が、その子供を受け入れられず
虐待・・・・
というパターンが多い事に、気づいている人もいると思います。
特に専門的に働いてる方々は身にしみて感じてるのではないかと。

私自身が母子家庭になって最初の5,6年は
この母子家庭に転がり込んできた男性と自分の行いによって
だいぶ子供を痛めつけたという経験を持っています。
肉体的には勿論、私の場合は精神的な虐待もひどかったと認識しています。

ただ、
実際、私が選ぶ男性は私よりも男性として人間として
器がある人、を徹底的に選ぶ努力をしていたので(必死でやっていたつもり)
(結婚で失敗したから怖かったし、自分が子育てダメだったから出来る人を探してた)
私よりは子供に対してましな人が幸運にも多かったのですが、
それでも、ですよ
それでも、温厚で多少は器のある人
と思って選んでも、

私自身が結婚が続かなかった大きな問題を抱える人間であり、
息子を手放すような状況を抱えていた人間であり、

そして、
自分自身の存在を愛せず、
自分自身に対して否定的で
自分を汚らわしく憐れだと信じ、
誰かにどうにかしてもらうか
世の中の仕組みにどうにかしてもらうか

そんな事しか自分と自分の将来に対して思うことが出来ない
問題多く、傷多く、自分自身の問題に気づく事が出来なかった

成長と自立が無い人間だったから、
成長した健康的な男性を見つけ出す目もなく
また、そういう成熟した男性には目にとまらない訳です。
だから、たしょ~努力してよさそうな人間をひっぱて来ても

やっぱりどこか問題ある男性な訳ですよ。

私は男性に自分の不安を埋めてもらい、
私の人生の指針を作ってもらい、
また、経済を助けてもらい、
楽しませてもらい、満たしてもらい
子育てもしてもらいたいと考えていた訳です。
※当然、自分の潜在意識でしたよ、上記は!そうすると、普通の健康的な男性は自然と耐えられなくなります。
耐えられるのは、同じように依存的な目的を持った男性になるんですよね!必然的に!

そうそう、外見・言動・地位・年収には全く関係しないです。
答えは単純明快、難しくするのは人間の力を誇る習慣があるからです。

じゃ、この自立しない私のような女性を
母親のくせになんだ、けしからん!
と、みのさんの朝ズバみたいに責めてなじると
解決するのでしょうか。

しないんですよね。

でも私は解決の方法を知ってます!
だって自分が解決の道を味わったからです。

その続きはまた今度・・・




>みのさんの朝ズバみたいに責めてなじると
>解決するのでしょうか。

私は、みのさん個人は嫌いではないけれど
この責めてなじるだけのことには
さびしさを感じぜずにいられません。


私はあなたを充分責めてきた
あなたも私を充分責めてきた
自分で自分を充分に責めてきた

もういやと言うほど、してきたから。


対岸の火事という言葉がありますね。

何か事件や問題が起きた時に、自分と問題との間に線を引いて、線の手前から、あっち側を批判するのは簡単なのですよね。

自分自身、ついつい感情に任せて、自分側から見た正義を振りかざしてしまうことがあります。

でも、線の手前で、ああでもないこうでもないと言ってる、まさにその瞬間、現場で消火活動をしてる人達がいるわけで、その人達からすれば、そこでごたく並べてるひまがあったら消火を手伝ったらどうだ!
という話になりますよね。


上記は時おり声をかけてくださる、エゾシカさんからの引用です。




私の手を平和のために用いてくださいと願う。
神様、私に解決を下さったあなたは、
もっともっと働いてくださいときつく祈る。


朝のスタート。
パソコンのスイッチを切って、この部屋と空気で
今生きながら、動きながら、祈りながら、
進んでいこうと思う。

夕に感謝を持って、また、言葉をつなぐために。
私の中にあなたの言葉が、とどまるように。

『病めるときも健やかなるときも』~投げっぱなしブログその2

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『病めるときも健やかなるときも』というコミュニティを
SNSに開いたのですが、
いろいろな事情や考えからSNSの退会を決めて、
必然的にコミュニティも閉じさせていただきました。

予想以上の方々が集ってくださったのですが
まったくもって管理が行き届かず、本当に心苦しく思っています。

コミュニティ参加してくださったの方の中で、
もしこれを読んでくださった方がおられましたら、
あらためてここで、お詫びを申し上げたいと思います。

悩まれて書き込んでくださった方に、たとえアドバイスでなくても
声がけもできない、返信もできない、入会リクエストにすぐに答えられないでは、コミュニティそのものの価値がありませんでした。


でも、何とかできるだけのこと
無理はせずに、できることだけをしたい気持ちを消したくないと
思っています。

女性と切れて、夫が謝っても、夫婦の仲がなかなかしっくりこない
苦しくてたまらない、忘れられない、ゆるせない・・・という方のために、せめてこのブログだけは、いや、以前そうであった私のためにも
小さな想いを消したくないと思うことは、傲慢でしょうか。

投げっぱなしブログ

『何かを変えようと思っていても、何も変わらないのは、
今、そこに自分の気持ちがないときなのだそうです。
気持ちが過去や、未来にあって、感情が現在にないこと』



考えることをしていて
あるところで出会ったことば。

いいなぁと感じて、自分のブログに貼っておく。


******************************



ブログの投げっぱなしが3ヶ月でしたが
まったく触れなかったわけでなく
下書きがたくさんあります。

傍線の部分は、今年の1月6日に書き留めておいたものです。
半年前の私が、この文章から何を受け止め、発信しようとしたか
もう思い出せないのですが
この出会ったことばは、何度読んでも
胸にすとんと落ちてきて、仕切りなおしができるような気がします。

今日、ブログを再開された
大好きなmarca-mia さんことHas-min さんの記事に
同じような想いの記事を感じて、すっと胸の透くような想い。

あらためて、書き留め、UPします。

たからもの

藤木正三著  『灰色の断想』  より~

【人間のセンス】

追い求めてゆくことによって、
視野を外へ広げてゆくことによって
明らかになってくる真理もありますが、
追いつめられてくることによって、
視野を内に深めていくことによって、
明らかになってくる真理もあります。

だから、
切り開いてゆくことよりも耐えることに、
強くなるよりも弱くなることに、
得るよりも失うことに大切な意味があるのが人生です。

自分を大きくしてゆく方向でなく小さくしてゆく方向に
大切さを感じるセンス、これは人間にしかないセンスです。
大きくなることしか考えない時、人は動物になります。







私が得たと思ったものは、何だったか。
我得たりと小躍りして、喜びはしゃいだその後には
いったい何が残っていただろう。

得るよりも失うことに大切な意味がある。

むしろ、失くしたと、もうないのだと、消えてしまったと
悲しみ嘆き、うめき、もがいたその後に

何かがそっと生まれて、よりそうように輝いて、
それが捜し求めていたものであったりする。



さがし求めていたものは、
小さくて小さくて、本当に小さくてはかないものだったから
強く大きいことをよしとしていた私には
見つけることができなかった。

大きく強くと憧れ、瑣末なことには目を留めず
先へ先へとぐいぐい進み、
全速力で進んでいる私には、まったく見つけることが
できなかった。



むしろ、
ゆっくりと
半歩半歩、
細々と進むことをやむなくされたとき
見つけたものが、本当のたからものだ。

絆つくる夫婦のために(31)フラッシュバック④

絆つくる夫婦のために(30)フラッシュバック③の続き~最終回です。


長い長い記事にお付き合いいただいて感謝します。

またその翌日と翌々日に
同じような境遇の方に声をかけています。




*****



題名:肩のちから抜いて 2001/10/30 0:44

投稿者 :○○○○


以前の私を見るようです。
なんて、声をかければいいのか。

不幸を数えるとどんどん落ちて行っちゃう。すごくずるいけど、子供が難病になった友人、自分の命があとわずかな人、
・・・もし自分の身に降りかかってきたら
とても、超えられないような境遇にいる人たち、でも、明るく前に進んでいる人たちを思い出すようにしています。


私には、子供がいる。
住むところもある。
与えられた命もある。
まだまだやり直しはできる。

そう、子供がいるんですよ。
これから娘さんとどんな楽しいことを分かち合えるのか、希望を捨てないで下さい。
もっと、悲惨な人がたくさんいるもの。
いっぱいいっぱい泣いたら、ひとつずつ
自分の幸せ、数えてくださいね。

自分を追い込まないで。
肩の力抜いて、ふーっと深呼吸です。
落ち着いてね。

フラッシュバックしてるだけだよ。
人生の全てが終わったわけじゃないからね。


       *
       *
       *
       *


題名:どうすれば 2001/11/ 1 9:13

投稿者 :○○○○


『気が狂った』のは私も同じです。
ショックで失語症にもなりましたし、1ヶ月で10K近く痩せました。
子供も泣いていました。
女性のところへ、無意識のうちに何度も電話をかけました。(記憶がない)
友人をも信じられなくなって、わけのわからないことを言っていたそうです。
手首も切ったし、薬での自殺に失敗して入院もしました。
心療内科、カウンセリングにも通いました。
心のよりどころが欲しくて、思いつく限りのありとあらゆる事をしました。

以上、不幸自慢ですね。(^^)
いやみじゃありませんよ。
悪く取らないで下さいね。
どん底だった私が、今は、穏やかで、
幸せに暮らしているということをお伝えしたいだけです。
今、こうして、やっと『許す』ことができて
フラッシュバックも自分で、コントロールできるようになりました。

>一生そばを離れない、君が少しでも笑えるようになるなら、どんなになじられようが我慢すると言っています。

私の主人もそう言ってくれて、実行してくれています。
すごくすごく辛いけれど、難しいけれど信じています。
心の底からは、信じられないけれど、そうしたいから、その方向に少しずつ進んでいます。

恋は誰でもできる感情のままのもの。
愛は、努力して作り上げるものだそうです。



*******


えらそうで恥ずかしい(--)
とてもえらそうですが、語らせてもらいつつ
自分にも言い聞かせていたのだなぁと振り返ります。


***


題名:物理的な時間 2001/11/ 2 13:59

投稿者 :○○○○




>○○○○さんに比べたら、私の半狂乱は生易しいですね。

不幸自慢してしまってすいません。(^^;)
文章でうまく伝わればいいのですが、
どんなにひどいことがあっても
それはその人の越えられる範囲だと言うことを伝えたかったのですよ。

だから、◇◇さんが生易しいと思われることは全くないと思います。

人それぞれ、環境やパートナーが違うし、
ここで、上手く文に表すことができないくらい弱ってる方もいらっしゃると思います。

そして、『超えられる試練』しかこないのだから、頑張らないでいきましょうね。
しいて言えば、頑張らないを頑張るです。

時間にしても、1年で回復する方もいれば
5年かかる方もいるでしょう。私は主人のことが発覚してから、今、2年経ちました。
この世の中での時間の流れ=物理的な時間と、心が感じる時間は、
その人それぞれの感じ方がちがうので
一概に言えないでしょうね。

でも、明けない夜はないですよ。
必ず、それぞれの幸せはきます。
そんなはずないと誰かがくじけても
私は信じて生きていきたいです。




********

>信じて生きていきたい。

信じて生きてきたかな。

信じて生きてきたのではないと思います。

信じたくて進んでみたら、生かされたという感じです。

何ひとつ自分でなしたのではなく
なさせてもらったのだと振り返ります。

結果として、夫と別れることになりませんでしたが
離婚しようと手続きを進めることもありましたし
両方の親にも、話しましたし
子供たちにも伝えました。

でも、今こうして、夫婦二人がともに手を取り合えることは
自分ががんばったから、夫ががんばったからではけしてなく
・・・うまく言葉にできませんが・・・

生かされている、助けられている、憐れまれていると
感じています。



最後の書き込み抜粋です。


******


題名:フラッシュバック 2001/11/16 22:46

投稿者 :○○○○



取り乱す、泣き叫ぶのような大きなものから、
何かに刺激されて
思い出したり、人を攻撃したりするものも
大きな枠の中で全てフラッシュバックだと
私は、とらえています。

気持ちが弱ると、許容範囲がとても狭くなりますよね。
普段、受け流せる一言が
絶対に許せない。
相手をコテンパンに痛めつけてやらないと
どうしても怒りが収まらない。

それは、事件を被った人、迷惑をかけてしまった人、
自分の努力が報われないと思い込んでいる人、様々でしょう。

どうぞ、その自分の感情に押し流されないで下さいね。
辛い気持ちは誰かにわかってもらいたい。
私をこんな目に合わせた、『それ』を懲らしめたい。

でも、感情に流された衝動は解決を運んできてはくれません。
気がすむだけであって、根本の解決にはなりません。

辛いです。
しぼられるように辛いです。
本当のことが知りたくて、この苦しみをぶつけたくて、息が止まりそうです。

(鬱病などの本当の病気のときは絶対に無理をしてはいけませんが)
もし、感情という嵐にとらわれいるのなら、忍耐です。

また、大嵐がきてしまった。
私って、だめだなぁ。
え~ん、悲しいよぉ。
でも、頑張ってみよう。
耐えてみよう。
今日は、ここまで、落ち着けたわ。
けっこう、やればできるかもしれないね。
また、明日、泣くかも知れないけれど
あさっては、その倍笑っていられるかもしれないぞ!

怒りや恨みでいっぱいの人生はいやだもの!
顔で笑って、心で泣いて。

自分がすごくいい女に一歩近づけた気がしますよ。



*****


おお~~~い!!!!
いい女に近づけたのか!?
近づけた気がしてるって思っても口に出すな!
文字にするな!
ネットに書き残すな!

つうか、いい女って言うな!!!!!!!
いい女って言ってるところで、いい女じゃないんだって!!

ああ~こっぱずかしい(--)・・・けど
まっいいか。

こうしたセルフ立ち上がりでした。




さて、
その後、この掲示板には、何かの考えがあって
私は、書き込みしなくなりました。
2001年の記録ですから、この後も何度も何度も
夫とは喧嘩をしたり、丁寧な話し合い・伝え合いをしたり
デートをしたり、日常を重ねていって今に至ります。
(それが、前ブログ 『ゆるすために』 と、この 『ゆるすためにⅡ』 です。)

落ち込んだり、浮かんだり
もうだめだと思ったり、まだ大丈夫と思ったり

もう安心と思ったり、やっぱりもうあきらめようと思ったり

その繰り返し、繰り返しのようで
同じ繰り返しは一つもないのでしょう。

夫婦をやり直したいとの思いが
どんなに小さくても消えないうちは、
休み休み
ゆっくりゆっくり
進んでいくとあら不思議。

あの苦しかったことがあったから、今の感謝があると感じます。

**

最後に聖書から


あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。
女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。
しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、
もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。
                 ヨハネの福音書16:20






絆つくる夫婦のために(30)フラッシュバック③

絆つくる夫婦のために(29)フラッシュバック②の続きです。

前投稿の数時間後にこの投稿です。

*****

題名:いい気になって 2001/10/24 19:31

投稿者 : ○○○○



いい気になって、『私は立ち直りました』
なんて書いていたら

だんだんと過去のことを思い出して
めちゃくちゃ落ち込みモードになってしましました。

涙がどーっと止まらなくなってしまって
思わず、他のトピにカキコしてしまいました。
見つけた方、どうぞ、気を悪くなさらないで下さいね。

□□さん、こちらこそよろしくお願いします。
完璧に立ち直るのは高望みかもしれません。
起きてしまったことは、消せないから。
でも、その分だけ確実に人生の何たるかを知った大人になれたかな?と。
このことがあってから、全てにおいて大人になる時がきてしまったのだなぁと思うときがよくあります。


それでも、確実に立ち直っていることは事実です。発覚後の1年間は、食べられなくなったりで、生理がめちゃくちゃになったり、
もちろん精神的にもぐちゃぐちゃで
ほとんど寝たり起きたりでしたからね。

それに比べると
今は、こうしてパソコンに向かえるようになっただけ、元気といっていいのかもしれません。

目に見えないくらいの小さな進歩かもしれませんが、きっといいことがある方向に進んでいるでしょうね。

あきらめないもん!
自分の人生です。
誰のためでもない自分の人生。
これしきでへこたれてたまるか!!!!
私の元気で、嫌なことなんて、そばに近寄れないくらい輝いてやるぞ!!!

また、自分にむかって言ってしまいました。ごめんなさい。




*****

どなたかが、優しくレスしてくださって
それに応答しています。
翌日も同じような投稿が続きます。


******

名:謝らないでくださいね 2001/10/25 0:48

投稿者 :○○○○



私が勝手に落ち込みモードに入ってしまっただけですから。

そして、えらそうに話してしまった自分の一面を取りつくろうべく
ここでさらけ出せなかっただけの話で
こちらこそ、お気遣いいただいて
本当にありがとうございます。

今はお酒と薬で、相当へろへろです。
そんなときもありますよね。
いい時ばかりじゃないのが、人生のいいところですよね。

明日はきっといい風吹きますよね。

皆さん、お目汚し、本当にごめんなさい。
明日は頑張ろう。

そう、神さま、明日は私の心がそして
ここで苦しんでいる皆の心が平安でありますように。



*******

1329781792.jpg


この頃は、まだ信仰ももったばかりで
信じて救われたといっても、
神様も祈ることもゆだねることも
これっぽっちもわからず、途方にくれている。

胸に小さく灯った信仰のともしびが
ゆらゆらと小さく小さく光っている感じです。

          *********


数日後の投稿に続きます。
どなたかが、どのようにして、少しでも立ち直ったのかと
問いかけてくださいました。

それに、そのときの心境を答えています。


*******



題名:思うこと 2001/10/29 10:34

投稿者 : ○○○○



お返事遅くなりました。
えらそうにお話する立場でもないのですが私の考え・経験が少しでもお役に立てばと思います。

><心の平安>・・離婚してそれが得られるのか解りませんが、

夫婦問題だけでなく、この頃いろいろなことを思います。
お金があれば幸せになれる、あの人が私の話を聞いてくれれば幸せになれるのではないのだなぁと感じています。

もしくは自分自身も然りです。
私がもう少し、強くなれば・・・
そんなことはいらないですよね。
だって、もう強く、頑張って、我慢してやってきたじゃありませんか。
今の自分のありようを受け入れるだけで
充分ではないでしょうか。(けして自分勝手にやるということではなくて)

今日は天気がいいな
花が咲いてかわいいな
小さなことに大きく感謝したりしています。

苦しい時に気持ちを切り替えるのは
至難の業ですが、自分の気持ちの方向転換でしか、心の平安を得ることは難しいと思います。
もっと、前向きな言い回しをすると
自分の心を幸せにするだけで
フラッシュバックからは逃れられると思います。環境や周りを変えても自分の受け方が変わらなければ、苦しい気持ちはどこまでもついてくるのだし。

私はもう苦しみたくないと心底思いました。それにはどうしたらいいか、必死にもがきましたよ。
私にとっての答えは、たまたま今は
離婚でもなく、別居でもなく
かといってやり直そう!という大それたものでもなく、『許すこと』です。
だってもう、苦しみたくないでしょう?
もう、叫んだり、眠れなくなったり、
食べられなくなったり、自分を切ったり、
子供に悲しい思いをさせたりしたくないからです。何より、自分の人生を怒りでいっぱいにしたくないからです。

許したい、許したい。
誰かお願いだから、許させてほしい。
この鬼のような自分の気持ちを
頼むから消し去ってほしい。

だったら、消すだけです。
リセットするだけです。
忘れたくても忘れられなくて、
いや、忘れたふりでもいいんです。
過去を分析しても、どうにもならないから、なんだっけ??と忘れたふりです。
そのうち本当に気にかけない自分が出来上がってきますよ。

話は矛盾するかもしれませんが
そして、私は頑張りません。
今回のことは(フラッシュバックや夫とのこと)はもう私の手に負えるような問題じゃないんですよね。
以前にも書きましたが『この世は越えられない試練を与えない』です。
今回のことは自分には負担が大きすぎて超えられそうもなかったので、天に?神様に?仏様に?大好きだった天国に行ってしまった祖父に任せました。(変に取らないで下さいね)だって、自分が頑張れば、このまま私は壊れてしまいますもの。

大きすぎる問題は、よその大きな力の方にお任せして、私は、今を生きるようにしています。今、あることに感謝するようにしています。

上手くいえなくてごめんなさい。
形を変えるのではなくて、自分の気持ちの受け止め方を変えられれば、☆☆さんも、心が落ち着かれるのでは、と感じました。

離婚のこと、迷ってらっしゃるようだったので、こんなはずではとなっては・・と思いました。

ここにくる方は、それぞれ今の夫婦の状態は違っても、心の傷は同じですよね。
夫婦の形を整えるよりも、まずは自分の心の傷を癒やす、心の平安を得なければ、その人それぞれの生き方の形はなかなか手に入りにくいと思いました。

どうぞ、これ以上、頑張らないで下さい。
自分に鞭打たないで、今あることにゆだね、甘えてみてもいいのではないかなと思いました。




*******

一山超えて、落ち着いた様子が手に取れます。
(きっと、夫はいきなり嵐の時間を過ごしたのでしょう^^;)

と、同時に励まされることと、アドバイスすることで
交流のあった方たちから、力を分けていただいています。

支えあう・励ましあう・慰めあうことをしていただけたことが、
どれほどの希望へつながっていったのかあらためて感謝です。


続きます。
(この回の最後です。長い記事にお付き合いくださって感謝!!)

絆つくる夫婦のために(29)フラッシュバック②

絆つくる夫婦のために(28)フラッシュバック①の続きです。


その数日後にまた、投稿しています。
この頃からおせっかいの語りたがりです。
・・・・すいません。


***

題名:役に立てれば 2001/10/24 14:40

投稿者 : ○○○○(その掲示板のHNです)



役に立てれば、幸いです。

誰にでも
どんな人間にでも『特別な』ことってないのではないかとこの頃気づくことができたような気がしています。

例えば『癌』を克服すること。
『近しいものの死に直面してしまうこと』
『財産を失ってしまうこと』

どれも耐えがたいたいへんなことですが
自分に与えられた『不倫を受けた・してしまった』という情けなさをこえることは
けしてできないことではないですよね。

こうして、匿名で誰でもが
悲しみさけんでいますが
表向きは平気な顔をするしかありません。
あの人にも、この人にも越えられることを
私も私なりに超えていけると信じています。


****


もうひとつ投稿です。



****

題名:お返事おそくなりました 2001/10/24 14:56

投稿者 : ○○○○



呼び捨てなんて、気にしないで下さいね。
そんなに、心の狭いやつじゃないですよ。(笑)

△△さんはされた側としてしまった側で苦しんでおられるのですよね。

でも、今、こうして苦しんでいる分、
もうバカなことはことはしないと
優しい、人を思いやるすべをてにいれたのではないですか。

また『言葉』をならべたてて
えらそうで申し訳ないのですが
私の好きな言葉をもうひとつ言わせてくださいね。
『人生に取り返しのつかないことがあってもいい』

取り返しのつかないことって何でしょうね?
もちろん、人をあやめるようなことは論外ですが、
取り返しがつかないことをした、されたからこそ、
そこに学んだ自分がいて
反省し、悔いているんですよね。

平気な顔をして、鈍感な人間よりはずっと
奥深く成長できたのではないですか。
その成長を、まだ、彼に知ってもらいたいのかな?

彼から学ぶべきことはもうないのではないですか?だから、お別れしたし、彼という人となりも知る機会があったのだと私は理解します。
あなたにふさわしい素敵な人が必ずいるはずです。(私が約束しますよ!)
ゆっくり、あせらずに、生きていってくださいね。

努力は必ず報われるそうです。



****


まだまだ投稿は続きます。


*****


名:でしゃばってすいません 2001/10/24 15:13

投稿者 : ○○○○



カキコを拝見して、以前の私を見る思いで
おせっかいに出てきてしまいました。

>何かのきっかけでフラッシュバックが襲ってきて、キレて収拾つかなくなっちゃう自分が嫌です。

よく分かります。

>でも、忘れようと変に努力してたらそのツケが回ってくると言うか、無理はいけないなと思いました。

努力はしないで下さい。
私もいろいろしてみましたが、無理でした。でも、今はとても元気ですよ。

忘れることなんて、絶対にできません。
だって、本当に信じて信じて
どんなに疑わしいことがあっても
信じぬいてきた人の裏切りです。
忘れるなんて、今までの愛情が薄かったのだと思います。
大好きで大好きでたまらない人の裏切りだからこそ、今,こうして苦しんでいるのだと思います。

忘れられないほど、大きな事件だったんだす。殺されたも同然だと私はおもっていますから。

でも、何とか一命を取り留めましたよね。
それに、感謝してみることにしました。
そして、許して、やり直して見ることにしました。
許しても、過去は消えません。
許しても、元には戻りません。
許しても、罪はなくなりません。

でも、許すことによって、生き直すことができますよ。
許すことによって、その事件を阻止できなかった自分も許すことができます。

長くなってごめんなさい。

私は、今、立ち直ることができた者なので
何とか皆さんのお役に立てればと思っています。

稚拙な文で申し訳ありません。
トピ主さん、少しずつまた、私が立ち直った経緯などをすこしずつお話にきてもいいですか。

・・・・・話し出すと止まらなくなりそうです(^^;
今日は、この辺で




****


掲示板で長々と語ることをよしとしないと
少しは気がついているようですね^^;
こんな思いがブログの立ち上げにも、つながったようです。

さて、一見ご機嫌で、力強く、勇ましく、そしてなんとか柔軟を保って
書き込みをしていますが
どうしてどうして、がんばりすぎは、露呈しています。

この数時間後に泣き言を言い始めます。
続きます。


絆つくる夫婦のために(28)フラッシュバック①

::::【怒り】の話しの続きを書く前に、新たに示されたり、気づいたことをまとめていきたいと思います。久々の記事再開であるので、前記事と重複するような内容もあるかもしれませんが、お付き合いください。::::

1407158712.jpg



久々のネット復帰で満喫中。
ネットの片隅にこんなこっぱずかしいものを見つけました。
(通じますか?田舎方言で、めちゃめちゃ恥ずかしいという意味です。)

でも、私の心の軌跡の一端をまた振り帰ることができ
今に感謝をすることができましたので、ここにコピぺしてみます。

(ある掲示板に私が書いたものです。
 まだ残っているなんて。ネットの危険度も認識すべし。)

****


題名:同感 2001/10/17 17:08 
投稿者 : ○○○○(この掲示板でのHNです)

男友達から甘い言葉をかけられていい気になっていた矢先、主人も他の女性から誘惑されていることを偶然知りました。
(浮気・不倫のキーワードは私のフラッシュ・バックの引金ですので、極力使いません)

自分が遊んでいた分、主人のうわついた気持ちも想像できて、私たち何のために結婚したんだろうって、何のために家庭を持ったのだろうって、心底情けなくなりました。その、大きな失望感で、心身共ダメになり回復するのに2年ほどかかりました。

いい大人の顔をして、いいかげん愛だ恋だ騒がなくてもいいはずなのに。所詮、他に打ち込めるものや、自分に誇れるものがないから、恋愛に身を投じて現実逃避したい幼い自分がいるだけですよね。

恋心はなくしたくない。
でも、いやらしい顔の大人にはなりたくないですよね。
CMのコピーじゃないけど、自分の顔に責任持ちたいです。

自分の人生と夫の人生の見直しを図って
今は、夫婦やり直し中です。
夫婦間で恋愛してるんですよ。
恋心は夫に向けています。(恥)
出会ったときみたいに。
こんな幸せな時間もくるのですね。

当時のことはものすごい修羅場で、思い出すのは辛いです。でも、どなたかも言っていましたが、夫婦が向き合えるかどうかですよね。

今でも、ちょっとしたことでフラッシュバックすることもあります。
でも、これが私の人生なのだぁ。
じゃ、もう少し、この波にもまれつつも、
けして、波に砕けないように、肩の力を抜いていこう、そんな感じです。
起きちゃったことはしょうがない。
悲しいけれど、しょうがないです。

でも、過去だから。
今はないですから。
ないと信じることにしましたから。
そうしないとしんどくて、消えてしまいたくなるものね。

先日の新聞で
『愚者は過去を忘れ、許すことも忘れる。
 凡人は過去を忘れず、許すこともしない。
 賢者は過去を許すが、忘れない。』
 とありました。

難しいけど、賢者へ挑戦中です。



***

この日付が、2001年10月ですから
前ブログ『ゆるすために』を開くよりも3年も前の思いです。

夫の愚行の発覚が、1999年3月ですから
どろどろ状態、本当に何もできません状態から
少しよくなってきているところでしょうか。


翌日にどなたからかレスをいただいて
返信を書いています。

***

題名:私も少しずつですよ 2001/10/18 20:15
投稿者 : ○○○○

>ここの皆さんに、希望を与えてくれるレスですね~!!
>今後も前向きなレスで、励ましていただきたい!!


ありがとうございます。
自分に言い聞かせているところが多分にあります。
こちらこそ、よろしくお願いしますね。

>これはもう、諦めざるえない事なのでしょうか??

あきらめるのじゃなくて、受け入れちゃうんですよ。
そういうことがあったらしいってね。
でも、過去だから。
これからあるかどうかは全然分からないからね。
だから、今だけ見ていくんですよ。
フラッシュバックって過去の悪夢の中でもがき苦しんでいる状態ですよね。
今を楽しむ練習をしてみませんか。
すごく難しいですけどね。
ちょっとずつちょっとずつ進んでいきましょうね。
あせらない。絶対あせらないで下さいね。

>私は心が狭く、幼いせいかフラッシュバックがあるうちは、
>主人とは上手くやれない気がします。

心が狭いのじゃないですよ。
どうぞ、自分を責めないで下さいね。
それだけ、ご主人のことが大好きな証拠だと思います。
無理はしない。
悲しい心はしょうがないですよ。
優しい分だけ悲しみを感じることができるのではないですか。

『明けない夜はない』
『この世ははけして、超えられない試練を与えない』
私は信じています。
信じていくしかないですものね(^O^)



***

がんばってるなぁ、私。
無理すんなよ~、私。
肩の力抜けよ~、私。

この後もしばらく、この掲示板に書き込みをしました。
続きます。

くつろぐ余裕のようなもの

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新しいパソコンをやっと、購入しました。
パソコン屋さんが、古いほうを無料で引き取ると言ってくれました。

古いパソコンを食卓テーブルの上にしばらく置いて
データ消しの作業をと思ったところ
好奇心旺盛のメンバーが、そろって何ごとかと見張りです。



***



この古パソコンで、ある日夫の隠し事を知ることに至ったのですが
それも、もう5年以上も前です。

たくさんの文章の推敲や、アドレス
夫婦で交わした手紙、メモ、気晴らしに書いた絵、写真、日記のようなもの・・・

全部をまとめて、新パソコンへ移しますが
それを振り返ってみるかな。
どうやって整理しようかな、と思います。

ものは膨大ですが
新パソコンの中では、なんの影響もないほどのデーター量です。
整理する必要もなく、このまま、浮かべておくのもいいのかなとも
思っています。

悩みぬいた日々や思いよどんだことも
もう気にならないほどの、小さな埃みたいになったのかもしれません。

一点のしみもない、完璧に片付いた部屋じゃなくてもいいやと
思える余裕のようなものが生まれたような気がしています。


育てる時間

故郷は今頃、こんな風景だとぼんやり思う季節です。 


 j0406589.jpg


 5月から6月へと風が緩やかになって、半そでや素足で出かけようと思うと
冷ややかな空気が流れてきて、
『田んぼに水がはいったから、まだ、半そではだめ。冷えるよ。』
と母に注意されたものです。

夜になると、かえるの大合唱が聞こえてきてきましたから
本当にそうなのだと知りました。


育ったところが夫とは、まったく違いますが
ともに田んぼの近くで生まれた身同志、
とても晴れた日の冷たい風は、田んぼに水が入ったみたいだねと
共感し合えるのは、気持ちのいいものです。

**

私は農家さんの苦労は、友人や近所の方の聞きかじりで
どれほどのものかと想像するしかありませんが
本当に手間と時間と心をこめて、丹精していくものだと思います。

当たり前に口にするひとつの作物に
その時間や手間や努力を思うことと

夫婦の壊れた関係を修復することを照らすのは
無理があるかと思いますが

身になるもの
本当に残るもの
絆や芯となるものには
時間がかかると、心得ていく必要があると思います。

****

そうは言ってもわたしたちは、とてもせっかちな文化に飲み込まれています。多くのものを欲しがり、しかもすぐに手に入れたがります。また、痛みは取り除くべきもの、傷は癒されるべきもの、すき間は満たすべきもの、そして、とても意義深い経験をすべきだと感じています・・・しかも、いますぐに。
わたしたちが、いかにせっかちかはすぐ分かります。「こうあるべきだ」と強く願っている計画や事業があるとき、その途上で何ごとかが起きるとすぐにいら立つからです。

ヘンリ・ナウエン著 『嘆きは踊りに変わる~苦難の中の希望』 より



心に傷を負ったときに、その痛みに耐えかねて
早く直したい、早くよくしたい、早く忘れたいと思うことは当然ですが、
この苦しみは意味もなく与えられたことではないとの
希望を持つことができれば、
早急に手を打って、早急に結論を出して、早急に解決をみようとするのは、
先に待つよい実を摘んでしまうことになるかもしれません。

苦しいことの原因を、なぜ、どうしてと後ろを振り返ることばかりせずに
この苦しみから得るものは、なんだろう。
この苦しみから与えられる幸せは、なんだろう。
この苦しみから育つ実は、なんだろう。

美しく優しく柔らかな実がなるのを信じて
進んでいけたら~希望を目の前に掲げていけたら
進む道はだんだんと開けていくでしょう。

離婚かやり直しかのような
または、理解かかりそめかのような答えは

二人の関係をはぐくむ長い時間と、手間と、心根で
自然と最善のものがやってくると思います。

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