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浮気してるかも

衣替えの5月月末。

昨年の夏物を出してみると
夫のお気に入りのズボンに汗じみが浮いている。



私『これ、クリーニング出さないでしまっちゃったっけ?』

夫『なんだか忙しくて、まとめて出すみたいな
  話になったんだよ。』

私『そうすると、忘れたり面倒になるんだって。
  いちいち出そうって言ったじゃん。
  これだけほっておくともう汚れ取れないよ。
  あなたのズボンの汚れ具合を事細かにチェックするほど、
  私、起用じゃないの知ってるでしょ。』

夫『ごめんね。気をつけるよ。』

私『あらら。どうして、すぐに謝るの?本当に悪いと思ってるの?
  謝れば、丸く収まると思って、適当に言ってるんじゃないの?』

夫『思ってない、思ってない(苦笑)。
  君が忙しいのも知ってるし、これくらいは自分でするよ。
  君が、クリーニングに持っていってくれるんだから頼むだけだしね。』

私『ふーーーん。
  ずいぶん、腰低いね。優しいね。ありがと。
  ・・・・・そっか。そういうことか。よくわかった。
  あなた、優しいね。もう一回言おうっと(笑)』

夫『そうかい?ずいぶん、嬉しそうだね。』

私『・・・・・・・私ね、前だったら、この人浮気してるかも・・・。
  だから、私に優しくして、ごまかしてる!?って思っちゃうんだけど
  最近、本当にそう思わないわぁ。よかった。へへへ。
  
  ほっとしたから伝えてみるわ(苦笑)
  そのうち、思わないってことも、思わなくなるかもね。』

夫『そうか。よかったね。そう言ってくれると僕もほっとするよ。』

私『でもさ、思い出さないのって
  それがアルツハイマーの場合もあるから
  よくチェックしておくように。』

夫『その可能性は大きい(本気)
  お互いに気をつけよう。』






自分が何を感じようと
相手が何を感じようと
揺るがされることはないとわかった。
それは、感じた本人だけの気持ちなのだ。

それにどう反応するのかは
また、別問題だ。もしくは、次のこと。次の次元。

だから、まず、気持ちだけ伝える。
気持ちを小出しにして、思いをあらわしてみる。

それに呼応するのは、受け取ってからのこと。
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恥ずかしいハガキの返信

恥ずかしいハガキの続きです。

ポストに毎日目にしているような字。
あら、自分の字。
往復ハガキの返信だ。わーい!友人から返事が来たぞ。





(通常文字は、私の下書き。太字は友人からです。)
******************************************

1. 手術後の調子はどうですか?
  ①とてもよい ②普通  ③あまりよくない





2. 摘出手術は、どこからなされましたか?
  ①腹部切開  ②おすそ ③へそ(無謀)




3. あなたは「おすそ」という言葉にどのような印象をお持ちですか?
  ①すがすがしい感じ  ②くすぐったい感じ ③泣きたくなる感じ
  ④お育ちがよくてあらっしゃられる  ⑤膣と言ってほしい
  ⑥憤りを感じる    
  ⑦その他  おすそわけの言葉の通り“分け与える”という      慈悲の心を感じる。    




4. 退院したら、一番にしたいことはなんですか。
①家族とゆっくり過ごす  あたりまえ!②ビールを飲む    ③何もしないでまったりする  

 ④SEX    




5. 体調がよければ一言どうぞ
この葉書を私は外来窓口のねーちゃんから受け取りました。
“これ”っと隠すように。ありがと!




****************************************




愛すべきバカ友人!

優しくしよう

過日、教会にて友人と。


友人『京さんのところは、仲いいわよね。』

私『まあね。いろいろあったしね。
  山くらい話しあって来たからかなぁ。
  何もなくても話したり、聞いたりが大切だよね。』

友人『うちなんて、帰ってきて
   今日あったこととか、相談したいこととか話すと
   あとにしてくれって。
   聞いてくれないのよ。』

私『男の人、疲れてるからね。
  疲れてるとこ、ごめんねって。
  話したいことがあるから、聞いてほしいの。
  いつがいいかなって優しくさ。』

友人『優しくしてもだめよ。
   ご飯食べて、お風呂入ったら、
   もうすぐ寝ちゃうのよ。それで何も話せなくて。』

私『そうかぁ・・・・。
  一緒にお風呂入るのはどう?
  うちはそうしてる。子供も大きいし、世話もないでしょ。
  そうでもしないと、目を合わせる時間もないしね。
  お風呂入る、5分だけでも時間できるでしょ。
  大切な話の糸口も作れるよ。』

友人『ゲッ。そこまでしなくてもいいわ(苦笑)』




**

ゲッと言われて、悲しいような嬉しいような。
そこまでして仲良くしなくてもいいと線を引かれる。

夫婦の危機がないのなら、それはそれで寿ぎ。
危機感がないほどによどんでいるのなら倦怠のそれ。
夫婦の不満を漏らしたが世間話のひとつなら、流れていけー。


**

私『2人で祈ってる?』

友人『2人でって?』

私『手を握ってさ、2人で祈るの。』

友人『やだ~~。』

私『ある人に勧められたのだけど
  ご主人の手を握って祈りあってくださいって。
  その手の冷たさや暖かさに彼の体調を気遣うこともできるでしょって。
  それ言われてね、ああ、私って夫のためと言いながら、
  自分のためにしか祈ってなかったって示されたよ。』


友人『ふーん。そうかぁ。うちはそんな雰囲気じゃないから
   それはできないけど、
   ・・・実はね、今、夫の信仰のことが心配なのよ。
   この前もね・・・・・・・・』


**

あなたの心配や心を私にではなく、夫に話したらいいと思う。
どんなにご主人のことが大切で、大好きで、素敵に思ってるか
私にではなくて、ご主人に話したらいいよ。

面倒でも
恥ずかしくても
かっこ悪くても
思いを伝えたらいいよ。
優しくしてみたらいいよ。

優しく優しく手を触れて祈ってみるといいよ。
  

絆つくる夫婦⑰品性の相似

心療内科に通い、精神安定剤をもらいます。
薬をもらって飲んでいるうちは
心が安定して、何がしかの気休めにはなります。

鬱や過度の精神の不安に薬は効きますが、
夫との仲まで薬は、取り持ってくれません。

カウンセリングにも行きますが確信がありません。
学問的になされるそのスキルが
万人に相対するもので、私一人のためと思えないからでした。

ちっぽけな私。
夫に浮気される私。
バチのあたった私。
みじめな私。
人生につまづいた私。
誰にも愛されていない私。

口の悪い友人が、
『今までのあなたは、天につばを吐いてきたんだよ。
 それが、今顔にかかってきた。しょうがないよね。頑張るしかないよね。』
と言っていました。

当然と思いました。
だから、夫婦をやり直すために頑張りました。
頑張りすぎました。



***


夫との話し合いもいつまで経っても堂々めぐりのような気がしていました。

この人=夫は、私を助ける気もないし
いや、気はあるようだが、どうにもこうにもバカが先にたって
その技術や手腕はないようだ。

というか、私を救えるのは
はたして、夫なのか?
根本的に私を救うのは夫なのか。
夫が改心して、最高の夫になったら私は、救われるのか?
元気になるのか?
全ては元どおりになるのか?

全ては元通りになるか?


夫がだんだんと私のリクエストに答えることが
できるようになってくると思い通りにことが運ぶ反面、
消せない過去が気になって気になってしかたなくなりました。



**

起こってしまったことはけして消えず
記憶は積まれたままです。

記憶は消えません。

消えない記憶ならそれがためによしとなる何かはないのだろうか?

そもそも何がどうしてこうなったのか?
私を懲らしめるために、夫がうそをついたのか?
私が落ち込んで、体調を崩して、鬱を抱えて
子供や親に心配をかけるためにこうなったのか?
私がダメになって夫が自分の無力さを思い知るために
こうなったのか?


夫は愚かでした。
でも、その夫を支えきれなかった私も
愚かでした。

どこかでブレーキをかけることが
きっとできたであったろうに
誰の手によっても、ブレーキはかけられませんでした。

何のためにこの事件は起きたのか?


考える思いに沈みます。

何のせいでこの夫婦のすれ違いが起きたのかと突き詰めれば
誰が悪い、何が悪いの悪者探しで
それが修復不可能のことであるとしたら
なんと悲しい結末が待っているでしょう。

しかし、何のためにこのことが起きたのかと思い巡らせば、
そのために起きた忌まわしいことも
糧として、肥しとして、土台として
認め受け入れることができるかもしれません。




**





その頃、相当に落ち込んでいて
このままではまずいと思い
偶然に見つけたゴスペルの教室にいくことにしました。




先生が嬉しそうにピアノを弾いています。
さぁ、神様を賛美しましょう。
ゴスペルは、神様を褒め称える歌ですよ。

神様、私を創ってくださってありがとう。
神様、私を愛してくださってありがとう。
神様、私をゆるしてくださってありがとう。

神様、私を支えてくださってありがとう。

私たちは、神様の道具として作られました。
だから、神様のために生きることを教えてください。


**


へぇ、そうなんだ。
なんだかよくわからないけど
もし、神様がいるのなら
私の頑張りをきっと認めてくれているのだろうな。
私の辛いことも、泣きたい気持ちも、しんどいことも
神様、全部全部知っている。

そっか。
夫に頼らなくてもいいんだ。
夫がどんな気持ちであろうと
私の思うとおりにならなくても
私には私の幸せのレールがあるはずなんだと

ほっとするそれが与えられました。
ほっとして、

幸せは、夫にもらうものではない
また、自分で無理やりに作り出すものでもない

何か別の何かがあると考えたりしました。

何かがあるはずなんだ。
だって、何かがなくちゃやってられないじゃん。

どうして、私がこんな目に会うのよ。
いいかげんにしてよ。

いつまでも泣いてばかりいないぞ。
いいかげんにしろ。
くじけるか。
これっぽっちのことでくじけるか。

あなたなしでも生きていけますよ。


**



あなたなしでも生きていく自分と
あなたなしでは生きていきたくない自分
そして、自分ばかりが何よりも大切な自分

いつも自分がまず先に立つ自分。

今まで、私は何のために生きてきたのか?
今まで、私は自分のためだけに生きてきたのか?

私は何のために生きているのか?

自分を大切にする必要はあるけれど
私の場合のそれは、自分そのものの存在価値を大切にするのではなく
自分の我・テリトリー・地位・観念のような奢り高ぶりではないのか。



気づかされて
そうだったと頭を垂れてうなだれた私に
だったら、
夫のばかさ加減は、そんな私にお似合いの
あわせ鏡のようなピッタリの人間なのだと示されて
愕然としました。

夫の品を問うのは
自分の品がどうしようもなく情けないものだから
せめてあなたは品性を保ってとの甘えです。
もしくは、自分の品に何の根拠もない
絶対の自信を持っていて
私は素晴らしい人間ですから
あなたも合わせなさいとする傲慢そのものだと気がつきます。

携帯画像の限界

ニーバーの祈り

THE SERENITY PRAYER

O God, give us
serenity to accept what cannot be changed,
courage to change what should be changed,
and wisdom to distinguish the one from the other.
                          Reinhold Niebuhr




ニーバーの祈り

神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
                 
           ラインホールド・ニーバー(大木英夫 訳)






にコメントをくださったPiedritaさんが、紹介してくださった祈りです。

神様にゆだねるとは
自分の限界をしること、
そして、それは、けして
卑下すること、卑屈になること、あきらめることではなく

生かされている
こんなにちっぽけな私でも
生かされていると

この小さな頼りない器を
からっぽにしたときに
この器から、傲慢=頑張りすぎてしまう自分
を、思い切って、ぽいっと捨ててしまう時に

なんだろう
時にかなった懐を授けていただけるような
気がします。



*この祈りの背景等を詳しくご覧になりたい方はこちら






**************************

前ブログからの転記記事です。
この祈りにどれほど目を開かれたか、助けれたか、感謝しています。
何か特別のような気がしてこのブログにも記録します。

絆つくる夫婦⑯何に謝罪するのか

ある人が何かを壊したとします。

申し訳ありません。高価なものですよね。弁償します。
きちんと元通りにします。おいくらですか。すぐ直します。


と償うことを述べ示すのは、常識とするところでしょう。
しかし、ここには 償いの見返り=ゆるしと和解 の思考があります。

物や目に見えるもの、形あるものには
比較的当てはまりやすいのかもしれません。
しかし、心にはどうでしょうか。
傷ついた心、落ち込んだ心、悲しんだ心にほしいのは、
償いではないのだと感じます。

ほしいのは、真心です。
目に見えないものの確信です。



壊れたもののその持ち主に対して
壊してしまった者が

申し訳ありません。
あなたの大切なものですね。
本当に私の落ち度です。
ごめんなさい。私が悪かったのです。
取り返しのつかないことをしました。
もう二度とこのようなことが起きないように気をつけます。


と、自分の非を認めること
= おのれの愚行を悔いて改めることを伝えるならば、
そしてそのものの持ち主が
よく受け入れることができるならば
そのときに初めて 
ゆるしゆるされる関係の糸口が見えてくるのだと思います。




****

夫が様々に努力します。

自分の身の潔白
日々の誠実
夫婦への情
家族の大切さ
パートナーとしての歩み

夫婦のやり直しを歩むことの様々を網羅しようとします。
私も同じです。

しかし、私の一番ほしいのは
そうではありませんでした。
本人である私にもわかっていませんでした。

夫に様々にリクエストをし、
それを差し出してもらう。目に見える形のそれをなしてもらう。
夫が努力を重ねれば重ねるほど
だんだんとそれでもない、これでもないと突き放してしまうことが
多く起こるようになりました。

私のほしいのはこれではない。
夫が反省している証拠がほしいのではない。
確かに、今うそをついていないとのあかしや状況は必要でした。
でも、うそをついていない証拠=夫が悔いているあかし ではない
と、感じ始めます。




夫がなしてきた謝罪は、償いとしての謝罪でした。
償いに対する見返りには、なかったことにするとか、忘れますとかの
期待がついて回りがちです。

今記事にしている頃の夫の謝罪は、償いとして存在しているので
『謝ったからいいだろう』の思考につながります。


私のほしい夫の謝罪は、償うための謝罪ではなく
夫の品性を回復するための謝罪です。


夫が自分の生き様に対して
自分の人生に対して
私の人生に対して

本当に申し訳ない、情けない、恥ずかしいと
伝えあらわすことができて、
また、それを私が認めることができれば

ゆるすゆるされるの関係は対等に、自由になるのかもしれません。

悪かった。でもない。
ごめんなさい。でもない。
もうしない。でもない。
今は何もないからいいだろう。でもない。

私が知りたいのは
夫が不倫したこと・浮気したこと・うそをついたこと
夫が私たちの結婚を大切にしなかったことを
情けなく思い、悔いているかどうかです。

起こってしまったことはもう取り返しがつきません。
現に私自身も、夫以外の人に
心を寄せそうになったときがありました。

でも、私自身はそれを憎悪しています。
それを、恥じて後悔しています。
その頃の自分がみじめです。
その頃の自分を常に責め戒めます。
私は非道極まりない人間であることを示されました。
自分がうそつきで、ずるくて、汚くて、愚かで、弱い
最低の人間であることを嫌というほど思い知りました。

だから私には、自信はない。
この先、何があるかわからない、
また誘惑に負けることがあるかもしれない。
でも、そうしたくない。
絶対にあんな情けない自分にはなりたくないとの
強い希望があります。


では夫はどうなのか?
夫が浮ついた気持ちになったことをどう思っているのか。
夫は、夫婦を大切に思っているのか。
夫婦が壊れたら、子供たちはどうなるか考えたことがあるのか?
ひいては、自分の人生をどうとらえているのか?

夫は何を考えているのか。

夫の品性の軸はどこにあるのか?
夫に真心はあるのか?

夫の真心がほしい。
その目に見えないものを確信したくてたまりませんでした。


***

夫に問いかけます。
話が前後して、読んでくださる方には申し訳ありません。
それが先の記事のようであったり
これからUPする記事であったりします。

(続きます)

絆つくる夫婦⑮理解という名の

夫と協力して
夫が裏切っていないことの素材を日々積み重ねます。
うそがないことがわかれば、安心を得ることができるだろうと
考えたからです。
状況や、夫の言葉、夫の真摯な態度を目にします。

どこをどうひっくり返しても
夫は、現在、やましいところはないと頭ではわかります。

頭でわかっていることは
『今現在、夫は誠実で、裏切りはない。』
『今が続くことが、未来につながる。』

しかし、頭の片隅に心のどろどろしたものが浸食してきます。
『でも、今が続く保障はない。』
『夫がうそをついているときも、巧妙に隠していたじゃないか。』
『また、騙されていたらどうする?』

心には、くそまじめな厄介者もいます。
『夫がこんなに頑張って協力してくれているのだから
 私も、信じる努力をしなくてならない。』
『いつまでもいつまでも、疑ってかかっては
 夫がだめになってしまうかもしれない。
 私が頑張らなくては。』

????

何を頑張るのでしょうか。
これだけ頑張って何を頑張るのでしょうか。


地雷を避けて
過去と今は違うと、日常の全てのオープンに気遣って
もう思いつくことはやり尽くしています。



私達は、夫婦のやり直しをやり尽くしたでしょうか?

いえ、ひとつだけ、していないことがあります。

本当の気持ちを話すことを私達はしていませんでした。
辛さを分かち合うことを私たちはしていませんでした。

ぬぐってもぬぐっても溢れてる感情を押しとどめて
自分の気持ちに蓋をして
あるべき姿・前向きな思い・ポジティブと言われるそのことだけを
表面にだそうと努めていました。

明るく生きましょう。
笑顔をたやさないようにしましょう。
忘れましょう。

心が死ぬほどに辛いときに
心のお葬式をしなくてはならないときに
自分にうそをついているのです。
お葬式の丁寧に過去を葬る嘆き悲しむべきときに、
楽しむそぶりをしているのです。


夫は、裏切った悔恨の辛さを告げず
生き直しているその明るい面だけを全面にだします。
私は、思い出して辛くなったそのときにも
辛抱だとばかりに平気を装います。

2人はやり直すことを決めて進むその喜びだけを
分かち合おうとして、
辛く苦しいことは、一人一人が背負っています。
お互いの荷を背負いあうことをしていない。

負の気持ちを分かち合っていないのです。

湧いてきた負の気持ちは
耐えに耐えて歪ませ、心の深くに沈みこませるか
耐えに耐えられず、爆発させるかです。

負の気持ちは今だ、日々湧いてくるのに
自分ひとりの胸に溜め込むことを選んでいます。

小出しにして、蹴散らしてしまえばいいものを
互いの胸にそれぞれ、まるで大切なものででもあるかのように
抱えこんでいます。




*****

私『あなた、何考えてるの?』

夫『何って?』

私『私に申し訳ないとか思わないの?』

夫『思ってるよ。いつも思ってる。』

私『思ってるなら、謝ってよ。』

夫『何、いきなり怒ってるの?』

私『怒るよ。もうだめだよ。こんなに山くらいいろいろしたって
  もうだめなものはダメだよ。
  不倫だか浮気だかしらないけど
  あなたがうそつきだってわかったから、もうだめだ。
  一緒にいたくない。嫌い。きらいだ。
  気持ち悪いから。もうそばにこないで。
  もう、いやだから。』

夫『なんだよ。俺だって、疲れてるんだよ。
  こんなに一生懸命やってるのに、なんで文句つけられなくちゃ
  いけないんだ。いいかげんにしろよ。』

私『一生懸命したくないならしなくてもいいよ。
  無理ならしないでもいい。
  やり直ししたくないのなら、しなくてもいいよ。』

夫『どうして、そうやって怒るの?
  そんなに嫌なのか?俺だってしんどいよ。』

私『しんどいなら、しんどいって言えばいいじゃん。
  あなたが、しんどいなんて、知らなかったよ。
  どうして、こうやって、私が投げかけたときに
  あなたから、実はこうだったって言いだすの?
  辛いなら辛い、大変なら大変って言えばいいじゃん。
  それとも、まだあの人に助けてもらってるから
  私は、必要ないわけ?』


夫『もう、あのことは関係ないだろ。
  もう、何もないよ。どうして信じられないの?
  あとどうすればいいのさ?』

私『もう何もすることなんてないよ。
  こんなに一生懸命あなたは、私とやり直そうとしてくれてるもの。
  もう何もすることないよ。
  ・・・・・・こんなに頑張ってるのに、いつまでも苦しいのが
  もう嫌なの。もうだめだと思う。』

夫『・・・・・・・・・そんなに苦しいのか。
  俺だって苦しいよ。しんどいよ。
  でも、京とやり直したいって思うから、こうしているんだよ。』

私『なんで言わないの?・・・・・・・』

夫『えっ?』


私『どうして、そのこと言わないの?』

夫『どうしてって、僕は裏切った側だから、謝るだけだよ。
  弁解したら、君は怒るだろう。
  君も怒るし、僕も謝ることだけが君にできることだと思ってる。
  だから、弱音を吐いたり
  しんどいことは、言っちゃいけないと思ってるし、
  そうしたいと思ってる。』

私『馬鹿みたい。』

夫『バカ?』

私『そう。馬鹿だ。あんた馬鹿。
  2人でやり直ししてるのに、どうして一人で頑張ろうとするの?
  私がしんどいよって、言ったらあなた、励ましたり慰めてくれるじゃん。
  それは私には、させてもらえないの?
  確かにあなたがうそついて、こんな風に2人でもめてるけどさ
  こうしてくじけやすい私にもほんの少しは原因があるんでしょう。
  それがいいか悪いかは別にしてさ
  私もあなたに謝りたい。私があなたを支えたらだめなの?
  あなたのしんどさは、あなた一人で背負うの?
  それとも、またあの人に相談するの?』

夫『ごめん。ごめんな。
  京には本当に悪いと思ってるから、
  弱音を吐いたらいけないと思ってるんだ。』


私『・・・そういうの、もう無しにしよう。
  あなたはもう私の前でかっこつけなくていいよ。
  かっこつけて私に本音を言わないから
  2人はすれ違ったんでしょう。

  結果的にさ、被害者と加害者みたいになってるから
  難しいのかもしれないけど、そこは取り払っていいんだよ。
  
  だって、あなたといいことも悪いこともシェアしなかったら
  だれとシェアするの?
  あなたのしんどい気持ちは、誰が助けるの?
  誰に知らせたいの?私はあなたのしんどい気持ちが知りたいよ。
  何をどうするかは、できるかどうかわからないけどね。

  でも、いいことも、悪いことも、伝えて。
  ・・・・これ、すごく大事かもしれないよね。
  
  私、感情的だし、何も役に立たないかもしれないけれど
  あなたの考えてること教えて。
  あなたの役に立ちたいって思ってるから。』

夫『そうだね。
  俺が感じたことを伝えないと、2人は、またすれ違うよね。
  ・・・・でもね、京、すごく難しいんだよ。
  すごくそれは僕にとって難しいんだ。
  難しいし、わからないんだよ。』

私『・・それでいいよ。
  難しいってことを教えてくれるところからで。
  あなたが平気じゃないってことを、
  私だけに言ってくれることが、すごくほっとするから。』



  
  

****

『理解という名の愛がほしい』という本があります。


山田ズーニーさんという方のコミュニケーション関連の本
(某有名サイトほぼ日刊イトイ新聞でのコラム集)ですが、
この本の題名に感動を覚えました。
中身ももちろん、夫婦やり直しのヒントがたくさんあります。

この本の題名を見て、数年前の夫との一幕を思い出しの記事とします。

嬉しい気持ちも
悲しい気持ちも
思い出してしまう情けない気持ちも
そして、あなたが平気じゃない、心痛めているという
苦しい気持ちも

理解しあいたい
分かち合いたい
知り合いたいことが願いだと、気がつくことができました。

そういえば、結婚式での
(当時クリスチャンではありませんでしたが教会式でした)
『富むときも、貧しいときも
 病めるときも、健やかなるときも
 互いを慈しみ愛していくことを~』

と、誓いましたが
病めるときとは、まさにこの2人の状態だったでしょう。
2人が病んでいるのだから
2人で分かち合って助け合って
進めばいいのだと、気がつきます。

 

『自分にうそをつかないで、人とつながること』と
『理解という名の愛がほしい』の帯びにうたわれています。

夫とつながること
=負の気持ちも共有すること=自分にも相手にもうそをつく必要はない
の道の入り口が、やっと見えてきた頃(発覚から1年~)です。

ゆるすってなんだ

泣きながら話すその体の大きな男性の涙は
悲しみの涙ではなく、喜びの涙だ。
苦しみの鎖から解放された、
自由の身となった喜びに溢れていた。
輝いていた。

『私は日本が大嫌いでした。
 なぜなら、戦争で父を殺した絶対にゆるすことのできない
 憎い憎い国だからです。

 でも、イエス・キリストを信じて、私の心が少しずつ少しずつ
 解かされて、癒されて、慰められて、
 この国を愛することができるようになりました。
 神様を信じて、なぜか絶対になりたくないと思っていた
 牧師になって、絶対に行きたくないと思っていた日本に
 行くことになりました。

 そして、皆さんに会って、皆さんをゆるすことができました。
 自分をゆるすことができました。
 皆さん、私をゆるしてください。』


ゆるすってなんだ?
ゆるすとは、なんだろう。

頭の中だけではけしてできない。
心だけでもできない。
動いてなす、心ある体が、口が、手が
共に暖かく満たされる感じ。

暖かいもので満たされる感じ。

仲直り問答

えらそうにブログに経験を語る。
私の感じたことを語る。
私の気づきを語る。
願うことは、誰かへの何かへのきっかけだが、
はたして、誰かだけのものか。
誰かのパートナーはどう感じているのか。


ふと思って、夫に問うてみた。

私『ねぇねぇ、あなたね、私が鬼の形相で
  あーでもないこーでもない言ってるときって
  腹が立ったでしょう。逆切れいつもしてたものね。』

夫『(ニヤリ)うん。腹立たないわけないだろう。
   あれだけ、あのことが悪い、このことが悪い
   いろいろ言われるんだからね。
   また、それが図星だから逃げることもできないし。
   謝ったら、謝ったで〈謝るしかできないの!!〉って
   また怒り爆発だしなぁ。じゃあ俺にどうしろって言うのか、
   具体的に教えてほしかったよ。
   本当にこっちはわからないんだよねぇ。』

私『ごめん~~。だって、腹が立って腹がたってしかたないんだからさ。
  なんて言うの?話しているうちに、どば~~~っと
  いろんなことが思い出されてきて、止まらなくなったんだわねぇ。
  まったく関係ないことで、例えばさ、子供のことでも
  自分の気持ちがマイナスのことになると
  ダメなこと繋がっていって、私の人生、あれもだめこれもだめ
  あなたのあのこと思い出しだ~~。やっぱりだめだ~~。
  忘れられない。悲しい。くそ~。
  あんたのせいだ!!ってなるんだよね。』

夫『そりゃあ、僕のせいもあるけどさ(苦笑)
  何でもかんでもはひどいよなぁ~。』

私『ごめん。ごめんなさい。』

夫『もうへとへとだよ。へとへとの枯れ枯れのシナシナだ(笑)』

私『あなたね、でもなんか、なにかできっかけあったでしょう?
  どうしてこんな鬼につきあってくれてたの?』

夫『きっかけかぁ。わからん。
  何かあったのかもしれないけど、わからないよ。』

私『けっ。頼りない。』

夫『僕はたいしたことないんだって、悔しいけどわかっちゃったからか?
  僕は、仕事もなんとなくできてさ、お金も困らない程度にあってさ、
  君の嫌いな言葉で言えば、勝組かもしれないけれど
  冷たい人だって君に言われてショックだったね。
  僕は、冷たくないっていつも自分に言い聞かせたよ。 
  僕は優しい人間のはずだってね。』


私『私も。あなたは、優しい人間だって思いたかった。
  でなきゃあんなことするはずないものね。
  本当に、なんであんなことになったのかしらねぇ・・・。』
  

夫『ただの馬鹿だからさ。』

私『あなたが馬鹿だと困る。
  ・・・・・・・・いや、
 あなたが馬鹿だってことを認めたくないのは、私なのか。
 あなたは、バカ助だってことを認めたくない私自身の問題かな。
 あなたは、バカだけど、バカは馬鹿なりに
 一生懸命がんばってるものね。
 そんで、その馬鹿を私も認めて、助けてあげればいいんだよね。
 私のできる範囲で。』

夫『そんなに馬鹿馬鹿言うなよ(苦笑)
  実際そうだから、しかたないけどさ。
  でもさ、本当にわからんのよ、君の思いや言うことは。
  だから、わかりやすく話してくれよ。教えてくれなくちゃね。』

私『そうだね。
  あなたが理解するように耳を傾けてくれるなら
  その耳に分かりやすく話していかないとね。
  それで、理解できたところで、できないことはできないって
  境界線を定めてさ、
  じゃあどこまで出来るかって、
  2人ですり合わせていけば
  また、ひとつ仲直りできるのかぁ。』

夫『まぁ、馬鹿だから、優しく教えてくれよ。
  怒らないでさ。』

私『・・・妻が夫を諭すって嫌いなんだわ・・
  なんか、もっと奥さんってかわいい感じが好きっていうか
  男性にひっぱって欲しいって思う。
  私の中の理想像じゃないんだけど。
  それって、固定観念?』

夫『好きもきらいも、実際そうなんだからしょうがないよ。
  というか、そういう風にしてここまで来たしね。』
  
私『そうだね。理想に囚われている部分はあるね。
  臨機応変だよね。なんでもあなたにリードしてもらう
  必要はないものね。
  あ・・・私、あなたにリードしてもらいたんだ。
  うん。そうだ。あなたにこのことをリードしてもらいたんだよ。
  だから、それであなたが出来ないから腹立つんだわ。
  あなたにも、苦手なことがあるって、受け入れなくちゃね。

  ・・・・・あなた、嫌じゃないの?鬼奥さん。』

夫『鬼奥さんは嫌いだけど、鬼のところは、まずい・直そうって
  京は思ってるんだろう。少しずつ直していけばいいし
  鬼だけが全てじゃないでしょ。』

私『鬼だけの時もあったけどね。
  がははははっははははは。』

夫『ああ、確かに。あははははははは。』

  
    

夫の気づきを知るよりも
腑に落ちる自分の気づき。そしてそれは
また、歩む糧に繋がるか。
今だ続く仲直り。
寄り添う気持ち、すり合わせる気持ちが
ずっと続く限り、一生続くであろう仲直りだ。

仲直りを一生続けることをさせていただくことができるのは
あのことがあったからだと、
感謝に似たような気持ちも湧きあがる。
沁み出でる。

もし、あのことがなければ私たちは、
より寄り添うことも
深くお互いを知ることもなかったかもしれない。

成功したらどうしよう

失敗したらどうしようと思うと
失敗にむかって突き進んでしまいそうですね。

失敗なんて失敗したときに考えても
十分に間に合うことが多いですよ。

どうせなら、成功したらどうしようと
ふふんと鼻歌でも歌う気持ちで
事をなしたって、いいじゃありませんか。



どこかで読んだ話。
昔の手帳に書き付けてあったのを見つけ。

絆つくる夫婦⑭素材を信じる

どうしていつまでも私は元気になれないのだろう。

夫が浮気したからだ。

でも、今はしていないでしょう。

今していないと、信じることができない。

どうして信じることが出来ないのかなぁ。

うそをついていたときと
今とまったく何も変わらないから。

でも、夫は反省してる。謝ってもくれた。
それを表わそうと努力もしているみたい。
・・・もしかすると
私のリクエストがないから、何をどうしていいのか
分からないだけではないのかな。



そうかもしれない。
私はやみくもに信じよう信じようとしているだけで
信じうるその切片を集めようとしていないし、
集める工夫もしていない。

じゃあ、信じることができるように
2人で、工夫してみればいいよ。
できることは、まだまだたくさんあるよ。



そうだね。信じることが出来れば
安心して元気なることができるかもしれないし。


****

そんな一人問答を心の中でしていくうちに
そうかもしれないと、気がつくことに出会えました。

私の感情が揺れ始めたり
不機嫌になったり
過去を見つめすぎて、
我を忘れるほどに落ち込んだり
または、取り乱してしまう(フラッシュバックの状態)のは、

信じるに足る、素材が不足しているからです。

*****

私『ちょっといい?』

夫『う~ん。・・・』

私『嫌なら嫌って言ってもいいんだよ。』

夫『・・・』

私『嫌なことは嫌って言おうよ。お互いに。
  出来ないことは出来ないって。
  無理しないでさ。』

夫『そうだね。君が元気になるためならなんでもしたいと
  思っているけど、出来ないこともあるし
  実際わからないことも多いしね。』

私『ああ、そういう風に弱音吐いてくれると
  なんか、ほっとするところもあるよ。
  あなたが無理して私のご機嫌とってると思うと
  私も無理して、機嫌よくしなくちゃって
  プレッシャーみたいに感じることがあるんだよね。』

そんな気持ちの説明を
いいか悪いかは抜きにして
感じていることを交換していくうちに
現時点での私のウィークポイントが何なのかが
見えてきました。

頭の中だけでは、わからないこと。
話しているうちに、まとまってくること。
夫が辛抱強く、聞いてくれたことに感謝します。

話がそれますが、夫の謝罪の姿勢の現れは
もしかすると、この聞くということに尽きるかもしれません。
男性である夫の一番苦手なこと。
女性である私がなす一番苦手なこと=素直に従うは
しばらくなかなかできなかったのですが。


****

私のウィークポイントは
夫の姿が見えないときに、過度な不安が増すことでした。

では、夫が見えないときの状態をはっきりとさせればいいのだと
いうことになって、以下のようなことを
馬鹿みたいだけれど、本当に馬鹿みたいだけれど
試してみました。


■一週間の予定表を書いてもらう

■お昼休みにできるだけ、メールか電話を入れてもらう

■飲み会があるときには、どこの誰とどの店にいくのかを
 説明してもらう・・・目を見てゆっくりと話してもらいます。
           もし、ここまでして嘘をついて出かける人ならば
           ある意味あきらめもつくと考えました。

■飲み会では、携帯が繋がるように極力気をつけてもらう

■出張先のホテル等の場所を明確にする。

■携帯をオープンな状態にする。



夫の日々に嘘はない。
包み隠さず、私に行動を明渡し、信頼の素材を積み重ねます。
積み重ねた素材を信じることは、だんだんに出来てきます。
だんだんに、裏切りのない状況は信じていくことができてきました。

夫の行動の開示は、無駄にはなりません。
私の不安を減らし、私の心にとって
信じる素材を手に入れる大切なことでした。

しかし、心の安定全てを網羅するものではありませんでした。
どこまでいっても、信じられない私がいます。
夫が行動をどこまでもOPENにしても、疑う私がいました。
夫の状況を信じることができたとしても
夫の本質を信じることができない私がいるからです。

そして、それは信じることができない私ではなく
信じようとしない私です。

どうして、そんなに私は頑ななのか。
信じないことを選ぶのか。
疑うことを手放さないのか。
それが、次の課題でした。

恥ずかしいハガキ

高校時代からの親しい友人から
子宮ガンで入院・手術の伝えがきていた。

幸い、初期段階での発見だったので
大事に至る可能性は、極わずかとのこと。

ほっと胸をなでおろす。

彼女の住まいは遠く離れた故郷であるので、
直接の見舞いはすぐには、無理だ。
とりあえず、お花を贈ることと手紙でも書こうか。

いや、まてよ。
術後は麻酔の後遺症で、
細かいものをみたり、作業をしないほうがいいし
人によっては、酷い頭痛に悩まされたりする。

往復はがきでアンケート形式の
○で囲むようなものなら負担は少ないかな。
これなら、字も書かなくていいしね。

携帯も使えない可能性も高いし。
うんうん。往復はがきをだしておこう。



******

数日後、彼女からメールが届く。


【友人より】
お花ありがとう。よい香り。
経過順調で今日退院です。
手術も腹部切開ではなく、おすそから
内視鏡にて患部のみ摘出することができました。
また、連絡します。



あれ、ハガキ届いてないのか?




【私から】
手術無事終了、安心しました。
おすそ(この言葉、何度きいてもへんだよね笑)
からの手術ならかなり楽でしたね。
ところで、ハガキついてない?





【友人より】
来てないよ。どんなハガキ?


あら~~。
ハガキ、届いていないのかぁ。
つうか、今日退院なら、あのハガキだけが
病棟にぽつんと残るのかしら・・・。




******

これより数日たって、友人から電話が来る。

友人『退院してます~。かなり元気。いろいろありがとね~。』

私『よかったよかった。無理したらいかんよ。』

友人『うんうん。ところで、病院からハガキ預かっていますって
   電話あったけど、何書いたの?』

私『あ~~~~。
  やっぱり遅れて届いたかぁ。
  いや、負担かけたら悪いと思ってね。 
  でも、術後の経過を知りたくて、往復はがき書いたの。
  アンケート形式の。』

友人『何?、質問事項は?(笑)』

私『1. 手術後の調子はどうですか?
  ①とてもよい ②普通  ③あまりよくない』

友人『ふむふむ』

私『2. 摘出手術は、どこからなされましたか?
  ①腹部切開  ②おすそ ③へそ(無謀)



友人『ははは。しょうもないなぁ』


私 『3. あなたは「おすそ」という言葉にどのような印象を
    お持ちですか?
  ①すがすがしい感じ  ②くすぐったい感じ ③泣きたくなる感じ
  ④お育ちがよくてあらっしゃられる  ⑤膣と言ってほしい
  ⑥憤りを感じる      ⑦その他      』


友人『がははははははははっは。アホか!恥ずかしい。
   今頃、ナースステーションで爆笑だよ。』


私『まだある。最後だけど。』


友人『何々?』

私『4. 退院したら、一番にしたいことはなんですか。』

友人『うんうん。』

私 『①家族とゆっくり過ごす  ②ビールを飲む
   ③何もしないでまったりする   ④SEX    』


友人『やめて~~~~(笑)そんなの聞かれなくても
   ④に決まってるじゃん。あははははははっは。
   でもさぁ、いつから出来るのかなぁ?
   京(私の名前)の時は、どうだった?ちゃんとできた?』

私 『出来る。出来る。もう、どこまでも出来るから。
   でも、まだだめだよ。
   ちゃんとお医者に聞いておいで。いつからですか?って。』

友人『聞く聞く。恥ずかしいけど、大事になことだもね。
   夫は何に気をつけてもらえばいいのかな?
   それも夫に伝えなくちゃね。
   もう避妊しなくていいんだよね。楽しみだなぁ!
   つうか、ハガキ見たナースさんに
   さすが私の友人と納得されてるだろうなぁ(笑)』




屈託なく明るく、楽しげに話す夫婦の性のことは
何よりも大切で、秘めやかで、慈しまれるものでありたい。

彼女の完治を祈りつつ受話器を置いた私の背後から


娘『だからさ~。
  そういう話は、封筒に入れて送るんだよ。
  ハガキを封筒に入れるって思いつかないの?』

げっ!!!!思いつかなかった!!!!


関連記事『生々しい話とおまけ』(前ブログ ゆるすために より)

絆つくる夫婦⑬立ち直ろう

夫婦のやり直しに必要なのは何でしょう。

夫婦のコミュニケーション。
夫への信頼の回復。
自分の立ち直り。

この3つと思います。

この3つは、複雑に絡み合っていて
どれもないがしろにできません。
また、この3つが相互に作用しあって
ハーモニーを奏でるように
ひとつの形を作り上げていくとも言えるでしょう。

私の場合、ひとつひとつ独立してなしてしまいがちでしたが
やはり、望まぬ方向に行きがちでした。



自分だけが立ち直るだけでは
夫は必要なしの気持ちが一人歩きしてしまいがちです。

夫への信頼の回復だけを願うと
夫基準の依存的なままの妻である部分が増長されるだけでした。

また、コミュニケーションは
対等であり、親密な2人の関係を作るものであるので、
どちらかが、卑下しすぎたり、感情的であったり
威圧的すぎるのであれば
なかなか難しいことになると思います。
立ち直りつつ、信頼しつつでなければ
お互いの関係は、主従になるか
分離となるか、または、あきらめになるかもしれません。


この3つを意識しつつ、また意識しすぎずに、
不倫があったショック傷心からのリハビリのつもりで
日々の生活の中でなしていければとオススメします。

年単位ですすめばいいの気持ちで、少しずつ少しずつリハビリです。



ここしばらく
会話のことや、伝えること、聞くこと(夫婦のコミュニケーションの一部分)
に記事を専念してきたので
自分の立ち上げや
それに関わる夫への信頼を広く見ていきたいと思います。

心のあな

『心にぽっかりと空いている穴は
 神様の形をしている。』


語彙は、すこし違うが
フランスの思想家パスカルの言葉だそうだ。

牧師が、メッセージで引用していたから覚書。
なるほど。
その穴をわざわざ広げたり
反対にそんなに大きな穴じゃないと強がって
小さく見せたりしているから

神様の愛?だかなんだか優しくて暖かくて
まろやかなものに触れても
私には、合わないと突っぱねて、
自分でますますその穴を複雑怪奇にしてしまっているんだ。

弱り果てているかっこ悪い自分の
そのみじめで情けなく無力の
かっこつけのいいフリの
それでも己の力を誇示する気持ちをそっと置きさって
ありのままで、素直で、自分らしい自分を開けば

心の穴は、ぴったりとふさがれたりするから不思議なもんだ。

ふさがれて、閉じられて、ピッタリと封じた
その穴蓋の内側から

喜びみたいなものが
感謝みたいなものが
自由みたいなものが

愛みたいなものが

湧き上がってくるから不思議なもんだ。

神様は不思議なことを
嬉しいことをなさるもんだ。

いつまでもいつもかわらないもの

その昔
いや、昔と呼んだら、
自分にちょっと悪いかもしれないくらいの昔の時期に
B'Zが大好きだったときがありました。

前向きな、何か、くじけるなよ的な
すがすがしい泥臭さの歌詞やメロディに
うっとりしたり、考えさせられたり、励まされたり。

めちゃくちゃ疲れたけれど、
まぁいつまでも
くよくよしてもしょうがないから
とにかく立ち上がる。進む。ちょと休む。また立ち上がる。
倒れても立ち上がる。
また、倒れても立ち上がる。


そんな意味のメッセージに心ほどかれました。
元気をもらいました。

コンサートも行って、CDも買い揃えて
まぁ、熱狂的とまでいかなくてもファンでした。
ブームに乗っかったかな。


でも、彼らの言っていることは
彼らの言っていることで
稲葉さんは大好きだし、
ああ、ルックスもめちゃめちゃ好みですが
彼らが、伝えたいことを伝えているだけ。
個人的に私に宛てたものではないんですね。
当たり前だわさ。

そんなことを残念がるほど赤ちゃんでもないので
それはそれ、楽曲として楽しむのですが
それまでの話・それだけのことで
終わってしまうのが、この世の当たり前。
その時だけ。そこで打ち切り。
何の保障もないから、しょうがないことです。
稲葉さん、松本さん、楽曲作りのスタッフによるものだから
何かのヒントになるかな。でも保障はない。
ああ、楽しい、ああよかった、ああ素敵だ。そして、それだけです。


****

先日、ゴスペルのコンサートに久しぶりに行くことができました。
ドニー・マクラーキンです。


君は、ありのままでいい。
だって神様に唯一無二の大切な大切な
存在として愛されているのだから。

君は愛されるために生まれてきた。
修行や的外れな努力は必要ない。
だって、君は君らしく、
君オリジナルの神様に喜ばれる生き方をすればいいのだもの。

それは、素直で我を張らずに生きること。
美しく麗しい自由の中にあること。
自分でしたくないことをしてしまう
自分でもいけないとわかっているのに
そうしてしまう悲しいことをしない生きかた。

罪=的外れなんだ。
神様はあなたらしく生きるその正しい方向の道を
用意してくださっているのだ。

苦しい道も険しい道も無駄ではない。
神様の君オリジナルの最高の幸せへと続く計画なのだ。

だけど、自分ひとりじゃ難しいよね。
自分だけじゃ頑張れないよね。
だから、神様がついていてくれるから。
だから、イエス様がいてくださるから。

倒れても立ち上がるんだ。
倒れても立ち上がることができるんだよ。
倒れても立ち上がって君を進ませることが神様にはできるんだよ。
倒れても立ち上がることができないほど
弱り果てている君を助け起こしてくださる神様なんだよ。


と、神様からのラブレター=聖書の教えを
神様が私だけに向けて
私しか知らない、誰にも知られたくない情けなくずるい自分
弱く、愚かで、強がりな自分
過去の記憶や自分自身の嫌いな部分から
自由になれずに苦しんでいる私に
マクラーキンの歌を通して語りかけてくれた。

神様だからできないことはないんだと
私にもあの人にも、この人にも
神様は一人一人を丁寧に愛して、扱って、見守っていてくださいますよと

確信と約束と真実をもって歌われた日にゃぁ!
歌い手の考えではなく、聖書の述べているそのままを
歌われた日には!

歌われ、改めてそのことを思い起こされた時、
神様が私に生き直しをさせてくださっていると
感激・感涙・感動・感謝
そして、それがずっと続きます。
神様が、今もいつでも
そしていつまでも一緒にいてくださる存在だから。

**

私が初めてゴスペルや聖書・キリスト教に
出会えた5年前のその真理は
この日のコンサートでも、
1分のずれもなく、変わりなく存在していました。

**

**

ドニー・マクラーキンは
今、ゴスペル歌手であり、ニューヨークで牧師もしている方です。
父親はアルコール中毒・母親は薬物依存症。
子供の時に性的虐待に合い、同性愛者となってしまい、
生きる意味を見出せなかった。
自分の忌まわしい過去を消すことはできない
生きる意味を見出せない生活を送っていました。

しかし、イエス様・神様に出会って
このように生き直すこと、やり直すことをゆるされ
自分のためでなく神様のために生きることができるようになった
クリスチャンです。

また、ご家族の方も神様を信じることができ
アルコールや薬物を一切絶つことができたそうです。
今は、教会の重要なスタッフとして仕事をされたり
マクラーキンの音楽伝道活動を支援されているようです。

彼の自叙伝が翻訳出版されました。
詳しい話が、こちらの本をに載っています。



**

私にも、マクラーキンにも働かれた神様は
今度は、誰に働いてくださるでしょう。

変えられる人生、変えられる生きかた。
変えられる生きる目的。

宗教はきらい。
でも、信じるに足るその素晴らしい神様が大好きです。





********

♪コンサートそのものの様子はロン@ゴスペルさんのブログに
たいへんわかりやすく書かれています。是非お尋ねください。
その① その② その③ その④ 

GWのねこでしょう

与えられる

暗くて、見えなくて、辛くて
悩むとはこういうことなのだと気がついたことがあった。

今までの悩みなんて、悩みごっこだ。
どろりとしたものにからまれて
どこまでも弱っているときの自分は、
自らの力で立ち上がることなどできない。

自分を信じて頑張る?
信じてきたのは、何だろう。

運のいい自分。
自分にはまさかの事態はない。
自分がくじけ、倒れ、のた打ち回り
無様に這いつくばる姿は、自分の人生においてないと

信じて、奢って、謙遜のケの字を取り違いえて生きてきた
そんな自分を信じて生きてきたのだ。

自分は自分を救えない。
自分は自分を癒せない。
自分は自分を背負えない。


何かに力をもらわないと
立ち上がることなんてできないんだ。

でも、そのことを認めると、
何かに負けを認めるような気がして認めたくない。
勝つとか負けると考えている時点で
もう全敗の白旗状態なのに。

いや、生まれたときから
生かされているのに、
勝ちも負けもなく、生かしていただいているのに
自分の力で生きている気になっている。
自分を信じて生きていこうとしている。


**

ちょっと立ち上がれそうになったその時に
立ち上がれた私に感謝。

まだ、自分を敬うか。



ちょっと立ち上がれそうになったその時に
きっかけをくれたあの人に感謝。

また、そうしてその人に依存だわ。




ちょっと立ち上がれそうになったその時に
きっかけをくれたあのことに感謝。

そうして、その物や事に行為に没頭していく。
誰にも言えないような、恥ずかしいことをしても
自分さえ立ち上がればそれでいいのか。




何かあるはずだ。
まともに、フラットに、自然体に、清々しく生きていくことを
させてもらえる何かが、きっとあるはずなのに。

もう無理するなよと
言っている何かが。


すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。
                  マタイ11:28


『平安とは、与えられるものです。
 平安は自分で作り出すことができない。
 それが残念ですが、私たちです。

 だから、心にキリストを受け入れて生きてみませんか。
 愛する前に愛されなければ、愛することもゆるすこともできません。
 そしてね、
 人は離れますね。物は消えますね。事は終わりますね。
 でも、キリストは、いつも、いつでも、いつまでも
 私たちのそばにいてくださるのですよ。』

牧師の話に、
一人で引いていた私の重たい荷物が
ふっと軽くなったような気がした。

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