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If I only knew

If I only knew


「愛を込めた言葉は
決してむだにならないって
わかっていたら
心から伝えたいことを
なにもかも
話してしまうのに


きみの声を
もう二度と聞けないって
わかっていたら
もっと耳をすまして
聞いておくだろう

きみにもう二度と会えないって
もうこれでおしまいだって
もしわかっていたら
眠らないで
きみの顔を見つめていたい
夜が明けるまで


奇跡は本当に起こるって
わかっていたら
心から
本当に心の底から
神さまにお願いするだろう


神さまには
目的があって
ぼくを創ったのだと
知ってさえいたら
ぼくは一生懸命神さまを探して
ぼくに何を望んだのかを
教えてもらおうとしただろう


神さまは
一つの扉を閉めるときは
また別の扉を開いてくれると
知っていたら
もっと変化を恐れずに
新しいチャンスや冒険に
挑戦しただろう



いつも心に思っていることなんて
思っているだけでは
なんの意味もないと
わかっていたら
ただ思っているだけじゃなくて
確信をもって行動に移し
人生を切り開いていっただろう


もしもぼくの声が
もうすぐ出なくなるとしたら
きみに話す言葉のさいごに
こうつけ加えるだろう。

「愛しているよ」って・・・」


おいしいことばより引用。




優しい気持ちになれないとき
怒りがおさまらないとき
とてもゆるせそうにないとき
何のために悩んでいるのかわからなくなったとき

自分の立ち位置が見えなくなったとき

悩みや辛さだけを見つめるとそれに溺れます。
憎しみや怒りだけを突き詰めることは
その火で自分を焼くことになります。



イエスは、喜びなさいと教えてくださっています。

『いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。
 喜びなさい。』         ピリピ4:4


喜ぶ理由は、
どんな悩みに囲まれても
どんな苦しみに覆われても
どんな辛さを抱えても

それには意味があると必ず教えられる日が来ることを
待つことができるように
支え、愛し、助けてくださる神様がおられることを
信じているからです。

しかし、神様はすぐに答えをくださりません。
答えをすぐに与えると、私達が神様の目的に反しやすいものであるのを
よくご存知だからでしょう。



だから、喜んですすもう。
あのとき、こうしていればと振り返らないで
喜んで、前を見て進もう。

涙拭いながら、進もう。
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恵み

罪の増し加わるところには恵みも満ち溢れました。
                 ロマ8:20




夫婦の間に裏切りがあって
相手と関係を断って、夫婦が向き合うことになっても
すぐには、2人がともに手をとりあって見つめあって
微笑み合うとは、けしてなしません。

むしろ、その後のほうの辛い時間が続くでしょう。

でも、その辛い時間が、ゆるす時間に繋がっています。

その辛く、暗く、先の見えない時間が
ゆるす時に繋がっているのだと私は知りました。

だから
苦しんでください。
泣いてください。
嘆いてください。
怒ってください。
どこまでも苦しんでください。


人は、そんなにゆるせないのなら
そんなに辛いのなら
そんなに悩むのなら

もう終わりにしなさいというけれど

ゆるすための旅をしているあなたを
とどめるものは、人の声ではないはずです。


ゆるしたいその道に先に待たせているものは何でしょう。

ゆるしたいその道の先に、
待っていてくれている輝いているその何かを
けして忘れなければ、

あなたの憎しみも
あなたの怒りも
あなたの嘆きも
あなたの苦しみも

ただそれだけでは終わらないはずと思います。

ただ、悲しみだけのために
このことがあると受け止めるには、あまりにも早すぎます。

あなたの学ぶことはまだまだ
まだまだあります。

学ぶ度ごとにあなたの内から輝き始める何かが
必ず生まれます。

輝いて、暖かくて、優しくて、柔かな何かが生まれたら
今度こそ、それを大切にしてください。

大切に大切に、心から大切にしてください。

書き記し

赦すとは、何も起こらなかったかのように振舞うことではない。
また、傷つかなかったかのように見せかけることでもない。
さらに、全く忘れてしまうことでも、
元に戻って再びやり直すことでもない。
では、赦すとはどういうことか。

それは、お互いの関係が破壊されるのを拒否することである。



古いキリスト教冊子から見つけた言葉。書き記し。メモ変わり。

与えられる

暗くて、見えなくて、辛くて
悩むとはこういうことなのだと気がついたことがあった。

今までの悩みなんて、悩みごっこだ。
どろりとしたものにからまれて
どこまでも弱っているときの自分は、
自らの力で立ち上がることなどできない。

自分を信じて頑張る?
信じてきたのは、何だろう。

運のいい自分。
自分にはまさかの事態はない。
自分がくじけ、倒れ、のた打ち回り
無様に這いつくばる姿は、自分の人生においてないと

信じて、奢って、謙遜のケの字を取り違いえて生きてきた
そんな自分を信じて生きてきたのだ。

自分は自分を救えない。
自分は自分を癒せない。
自分は自分を背負えない。


何かに力をもらわないと
立ち上がることなんてできないんだ。

でも、そのことを認めると、
何かに負けを認めるような気がして認めたくない。
勝つとか負けると考えている時点で
もう全敗の白旗状態なのに。

いや、生まれたときから
生かされているのに、
勝ちも負けもなく、生かしていただいているのに
自分の力で生きている気になっている。
自分を信じて生きていこうとしている。


**

ちょっと立ち上がれそうになったその時に
立ち上がれた私に感謝。

まだ、自分を敬うか。



ちょっと立ち上がれそうになったその時に
きっかけをくれたあの人に感謝。

また、そうしてその人に依存だわ。




ちょっと立ち上がれそうになったその時に
きっかけをくれたあのことに感謝。

そうして、その物や事に行為に没頭していく。
誰にも言えないような、恥ずかしいことをしても
自分さえ立ち上がればそれでいいのか。




何かあるはずだ。
まともに、フラットに、自然体に、清々しく生きていくことを
させてもらえる何かが、きっとあるはずなのに。

もう無理するなよと
言っている何かが。


すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。
                  マタイ11:28


『平安とは、与えられるものです。
 平安は自分で作り出すことができない。
 それが残念ですが、私たちです。

 だから、心にキリストを受け入れて生きてみませんか。
 愛する前に愛されなければ、愛することもゆるすこともできません。
 そしてね、
 人は離れますね。物は消えますね。事は終わりますね。
 でも、キリストは、いつも、いつでも、いつまでも
 私たちのそばにいてくださるのですよ。』

牧師の話に、
一人で引いていた私の重たい荷物が
ふっと軽くなったような気がした。

視点

ヨガのポーズでバランス力・集中力を養う
立ち木のポーズというのがあるのですが

そのときに、先生が

『一点動かないものを見つめていくと
 フラフラしないですよ。』と教えてくださる。

いつだったか牧師が言われた、
『十字架を見つめてください。
昨日も今日も変わらない神様の愛を見つめてください。
そうすれば、あなたたちはの芯の部分は
揺るぐことがなくなるはずです。』

との話しを思い出した。

私たちは、揺れやすく、迷いやすいものだが
視点を据えたそのものが
けして揺るがず、信じ、頼りになるものならば、
自分の揺れに酔いつぶれることは
ないのかもしれない。



イエス・キリストは、きのうもきょうも、
いつまでも、同じです。ヘブル書13:8

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