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絆つくる夫婦のために(33)怒りについて④

ブログ再開にあたり、過去に書いて公開していないものや
コピーしてきたものを整理しています。

以下、色文字になっているところも他サイトからの引用です。
2007年6月27日に作業していました。
前回の記事から、また横道にそれてしまって
もし、続けて読んでくださる方があれば
わかりにくくなってしまうかもしれませんが
何かのヒントになるかもしれません。

とても良いことが書いてあるので、UPしておきます。


********************
水澤都加佐の「自分を好きになる言葉」【66】そのまんまブログ より

怒っているあなた
どうして、そんなに怒っているの?
何かを失ったのですね
だったら、本当は悲しいのではないのですか
もしかしたら、きっとそうだって、わかっている?
でも、悲しむのがつらいから
一生懸命、怒りながら
必死にこらえようとしているのではないのですか?
「私は、悲しいんだ」って言ってもいいのに
そう言えば、きっと涙が出て、悲しみを実感できるのに
悲しみを悲しみとして感じれば
もっと早く楽になれるのに
大丈夫、どんなに悲しくても
いつか悲しみは癒されるから
悲しみでどんなにあなたが取り乱したって
あなたの周りに、あなたの悲しみをわかってくれる人たちが
きっといるのだから


聖書に
『悲しむ者は幸いです。
その人は慰められるからです。マタイの福音書5:4』
との言葉があります。
胸の奥のほうにほっと浮かんできました。




怒りの原因て考えたことありますか?
怒りにはいろんな原因と種類があるわけですが、その中でも相手が本当に悪い場合と、単に相手が自分の期待通りにならないことへの不満という怒りがあります。

アダルト・チルドレンや依存症者・共依存の人々から聞く話は、後者の意味合いが多く含まれているように感じます。
その怒りを深く掘り下げいていくと、実はその相手に期待や甘えがある場合があります。通常より何倍も他人への依存度や期待や甘えが強いAC(引用者注:アダルトチルドレン)ですから、それも当然です。

自分をわかって欲しい、認めて欲しい、愛して欲しい。自分は可哀想なACだから、自分は傷ついているから。だから誰かに、信頼した人間には受け止めて貰いたい。そういう甘えが自分の中にある。
だから「自分が信頼を寄せた相手」には一方的に甘え、依存し、理想化する。相手のことは一切無視して。
過剰な期待があるから裏切られるたびにハラが立つし、愚痴や不満になるわけです。これは相手だけが悪いんじゃない。
これに気が付かず相手に怒りをぶつけている限り、相手はあなたの意見に聞く耳を持たないでしょう。

相手のことを理解せずに自分のことは理解して欲しいという要求は子供の考え方です。
ここで間違えないで欲しいのは、【相手のことを理解する】ってことは、「相手を全て受入れるから、おあいこで自分のことも受入れてくれ」ってことではありません。
【相手が自分の考えを理解してくれているかどうか】【自分は相手の考えを理解しているか】であり、【自分は相手の考えに同意できるかどうか】であり、【合わなければ諦める】という自立した考え方が必要です。


しかし怒りは悪いものじゃない。
怒っていいことと、怒らなければならないことがあることと
理不尽に怒ることを区別しなければなりません。



********************


しかし、怒りは悪いものじゃない。
怒っていいことと、怒らなければならないことがあることと
理不尽に怒ることを区別しなければなりません。




この3行は、意味深いですね。
しかし、怒りの区別ができないときは
往々にあって、長いトンネルを歩くことはさけられません。

それが、配偶者の裏切りを乗り越えるために
2年3年とかかる所以です。

人はそれぞれにトンネルの長さが必要です。

トンネルの闇は、
自分を見つめなおし
夫を見つめなおし
そして、二人を見つめなおすことができます。

自分を吟味することができれば、
いえ、できなくともその積み重ねで
心砕かれていけば、きっと怒りは収まります。
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絆つくる夫婦のために番外【もう忘れてよい】

~■絆つくる夫婦のために~の記事をずっと続けて書いていますが
しばらく、休んでいます。
下書きが山ほどあるのになかなかまとめることができません。
もし、待っていてくださる方がいらしたら、申し訳ありません。

今日も、休止中の徒然書きです。

*
*
*




『心的外傷と回復』という本があります。
私は、読んだことがありません。
何かを調べているうちに、アマゾンのこの本の販売ページに行き着きました。

ある方が、この本についてのレビューを書いているのですが
そのコピーをここに貼り付けます。


********

本書に次のような一節がある。

「誰かがレイプされていちばん悪いことは何ですか」と質問した。
突然私は全員を見わたした。「私がレイプのもっとも憎む点は退屈で
うんざりすることだ」ということばが口を衝いて出た。全員は非常に
驚いたようだった。私は言った。「誤解しないでほしい。あれはぞっとする怖ろしいことです。私は起こったことが退屈だといっているのではありません。何年も前のことで今の私はもう関心がないということです。同じ怖れ、同じ恐怖症も最初の五十回ならー五百回かもしれませんがー非常に関心を持てるでしょう。しかし、私はもう興味を持てないのです」。

少し長い引用ですみません。しかしこのレイプ被害者の言葉は「回復」を理解するために本当に重要なものです。
もう「そのこと」に関心を持たなくてよい。もう忘れてよい。日常生活が「そのこと」によって大きな影響を受けなくてよい。自身に言い聞かせなくても自然にそう感じられることが、場合によってはどれほどの
恩寵として新規まきなおしを可能とすることか。
回復が例えばどのようなかたちをとって生起するのか。それをあざやかに描き出した点だけでも、本書は不朽であると考えます。


********




この本を読んでいないので、内容についてはまったくもって言及できませんが、このレビューを書かれた方の、言葉に深くうなづいています。

自分の傷と思っていた
<夫の裏切り・・・浮気とか不倫>のことを
もうすっかり
書こうと思っても書けず、
考えも浮かばず、
その手の読み物やHPなども探してまで
読もうという思いは湧いてきません。
もちろん、自分のことに限ってですが。


どなたかから、悩みの相談を受ければできる限りお答えもしますし
辛そうな状況の方には、夫婦関係の修復を祈り
馬鹿らしいような熱にうかされた不倫話には
嫌悪を感じます。

でも、
自分自身のことで限定すると
辛かったなぁとか
大変だったなぁとか
あのことがなければとか
あのことは思い出したくないとか
あのことは、汚点だとか

マイナスの思いは、まったく湧かず
しかも、それだけではなく
あのことに関する興味がいっさいないのです。

そのことで自分を落ちこませたりするよりも、
自然に楽しいことや、真剣に取り組むことに
心や想いが向いていきます。

私は、『回復』していて『忘れて』います。

いくつかの言葉の検索を通して
浮気や不倫のことで
このブログを訪れて下さる方がいらっしゃいますね。

どうぞ、あなたの先にも、こんな心の平安があることを
お祈りしています。

あなたの今の苦しみは、けして無駄にはならないでしょう。

ここに、苦しんだことさえ忘れてしまう時間を
今、過ごしているものが、いますからね。

絆つくる夫婦のために(33)怒りについて③

絆つくる夫婦のために(32)怒りについて②の続きです。


そもそも怒ることをよしとせずに私たちは、
育ち生きてきました。

怒るのは、みっともないこと
怒るのは、自分勝手なこと
怒るのは、我慢がないこと
怒るのは、自己中心なこと

怒るのは、未熟であること

様々な教えや経験が、私たちに刷り込まれて
怒ることや怒りそのもの感情が沸くことを、
よいものではないと私たちは思い込んでいます。

しかし、本当に、怒りはいけないことなのでしょうか。
怒りは、封じ込めないといけないものでしょうか。

私たちの心に起きる様々な思いは
けして、閉じ込めることによって無くなるようなものではなく
怒ることをしないと、あなたの心の殻は破ることができません。

怒ることはけしていけないことではありません。

但し、怒りの種類を選ぶことをしないと
怒りの波にとらわれて、私たちは、怒りに滅ぼされていまいます。

破壊的な怒りは、人を孤立させ、人間関係に断絶をもたらす。
怒りは魂の中心に居すわり、他の全ての感情に汚染が広がる。
その人の考え方、選択、行動をゆがめる。
破壊的な怒りは、本来正常であるはずの悲しみのプロセスを傷つけ、
それを病的な悲哀に変え、こころを凍らせる。

建設的な怒りは、人と人を隔てる壁を打ち壊そうとする。障壁を取り除くことを求める。
コミュニケーションが再開されるようにと訴える。
エネルギーを総動員して不正を正そうとする。
相手の人との間に嘘のない結びつきをつくる。

建設的な怒りと破壊的な怒り、この両方のタイプの怒りが、常にわれわれのなかにある。
われわれはそれを選ぶことができる。
怒りを表現するかそれとも否定するかを選ぶのではない。
そうではなく、破壊的な怒りを建設的な怒りのどちらを選ぶのかということだ。否定的な怒りをそのまま受け入れるのか、それとも建設的な怒りが、壊れた関係や望ましくない状況を変えようとし、もつれたコミュニケーションや息の詰まる状態を打開しようと選ぶのか、どちらなのかということである。

赦しの作業の中心には、破壊的な怒りの感情をどのように整理するかという仕事がある。

【赦し―新しい人間関係を生み出す】より


少し、理屈っぽくなりましたが
つまり、先に記事にしました
『気のすむまで』を続けているうちは、
ゆるすことの完了は、
こないとある日気がつくときが来ます。


気のすむまで=破壊的な怒り=甘え です。
それも、弱者としての自分の甘えではなく
高ぶる、傲慢な、威厳者としての甘えです。

私は、そうでした。
夫がどんなに謝っても
夫がどんなに彼なりの努力をしても

私の合格点に達することができなければ
彼を怒りで制することをやめませんでした。

続きます。




*****
余記です。

中身のないような
わかるようなわからないような長い記事を
読んで下さる方には、申し訳ありません。

次回あたりで、結論づけたいと祈りつつ書き上げています。

いえ、答えはないかもしれません。
確かにはっきりとした答えは、私の中にあります。
でも、それを表現すると、その答えが読んで下さる方の
答えにはならないような気がしてなりません。

長々の書き連ねを受け止めていただいていることに感謝して。

絆つくる夫婦のために(32)怒りについて②

どうすれば、怒りは消すことができるでしょうか。
コントロールできるでしょうか。

怒りは、発散することや気を紛らわすこともとても大切ですが
その根本をなんとかしないと、なくすことはできないでしょう。

怒りの消し方・コントロールの仕方を
次回から記事にしていきたいと思います。


続きます。



絆つくる夫婦のために(26)怒り の続きをと、とき置いて、長く経ってしまいました。

夫と私が、夫婦をやり直していく中で
一番てこずったのが、この怒りの感情です。

落ち込むことや悲しむこと、嘆くこと悔やむことや、
打ちひしがれることは
ひっそりととつとつと語ったり、伝えたり、
もしくは、一人浸ったり、その感情の中にとどまると
波は去っていくこともしばしばでした。

もちろんそれはそれで、とても辛い時間でしたが
ひとしきり泣いたりすれば、なんとか回復への足がかりを見つけて
ひと段落したものです。

また、悲しくなってきたとき、辛い気持ちになってきたときに
気晴らし(大きな声で歌う・とにかく歩く・薬を飲んで寝る・電話をする・くだらないテレビを見る・心温まる映画を観る等)をすれば
なんとかやり過ごすことができたのですが

怒りの感情がふつふつと湧き上がってきたときには
それを抑えようにも抑えきることができませんでした。

私は絶対にゆるせない ゆるさない ゆるしたくない。

この気持ちだけが前面に出てきて
夫が様々に改心したことや
子供たちが、見てみぬ振りをして、
夫婦の揉めているさまを我慢していること
(たとえ、修羅場を見せなくても空気が伝わっています)や、
過去は過去だと言う自分に対する言い聞かせも
今ある幸せに満足しようというスローガンも
もうとにかく何もかもがいやになって
腹が立って腹が立ってしょうがないのです。



*****

学問的に分析していくと、ゆるすためには条件があるそうです。

①謝罪/反省
②理由の説明
③被害を受けた側の感情の吐露
(自分がどれだけつらかったか、
 相手がどれだけひどいことをしたのか)
④再発防止の約束
⑤報復
⑥賠償
⑦処罰
⑧時の経過

この条件のうちをいくつかをチョイスして
またはすべて選んで、私たちは、ゆるそうと試みるそうです。
そうして、
私たちはゆるす過程に、置かれるのですが
それがゆるす完了につながるかどうかは、相当の困難を極めます。

と、いうのは、すべての条件が
『気のすむまで』という枕言葉に修飾されるからです。



①こちらの気のすむまで、謝罪/反省をさせる。もしくはしてもらう。
②こちらの気のすむまで理由の説明をさせる。
③気のすむまで被害を受けた側の感情の吐露をする。
(自分がどれだけつらかったか、
 相手がどれだけひどいことをしたのか)
④こちらの納得のいく(気のすむ)再発防止の約束をさせる。
⑤こちらの気のすむまでの報復をする。
⑥こちらの納得のいく(気のすむ)賠償をさせる。
⑦こちらの納得のいく(気のすむ)処罰をする。
⑧気のすむまで時の経過を受ける。

気のすむまでは、時に怒りを呼んできます。
不思議なもので、優しさとか慈しみとか、愛情などを増やすことは
努力をしないと、心していかないと、増幅しないものなのですが

怒りは、簡単に増幅します。

怒りは、新たな怒りを呼んできます。

*****



こうして書き出してみると
怒ることはよいのか、悪いのかと捕らえてしまいがちですが
もしくは、
夫婦のやり直しに役立つのか、したほうがよいのか悪いのかと
考えがちですが
この気のすむまでを潜在的にでも意識的にでもしていくことが実はとても大切です。

というか、怒りを感じない人は、怒れるように
怒ることを感じてばかりいる人は、怒ることに認識を持つように
することが肝要と思います。


それは、怒りによって、自分の押さえ切れない感情や
統制できない醜さ、自己中心の情けなさを知ることができるからです。
また、怒りをあらわにすることで、固まった心を砕いて
奥底に潜む、本当の苦しみに気がつくことができることもあります。

怒りは、けして悪いものではありません。
しかし、怒りは増幅しやすく、すべてを焼きつくすものです。

怒ることは、心の奥底に潜む何かに気がつく最後の砦です。
しかし、怒りだけに包まれることは
すべてを失うことにつながりかねません。

続きます。

絆つくる夫婦のために(31)フラッシュバック④

絆つくる夫婦のために(30)フラッシュバック③の続き~最終回です。


長い長い記事にお付き合いいただいて感謝します。

またその翌日と翌々日に
同じような境遇の方に声をかけています。




*****



題名:肩のちから抜いて 2001/10/30 0:44

投稿者 :○○○○


以前の私を見るようです。
なんて、声をかければいいのか。

不幸を数えるとどんどん落ちて行っちゃう。すごくずるいけど、子供が難病になった友人、自分の命があとわずかな人、
・・・もし自分の身に降りかかってきたら
とても、超えられないような境遇にいる人たち、でも、明るく前に進んでいる人たちを思い出すようにしています。


私には、子供がいる。
住むところもある。
与えられた命もある。
まだまだやり直しはできる。

そう、子供がいるんですよ。
これから娘さんとどんな楽しいことを分かち合えるのか、希望を捨てないで下さい。
もっと、悲惨な人がたくさんいるもの。
いっぱいいっぱい泣いたら、ひとつずつ
自分の幸せ、数えてくださいね。

自分を追い込まないで。
肩の力抜いて、ふーっと深呼吸です。
落ち着いてね。

フラッシュバックしてるだけだよ。
人生の全てが終わったわけじゃないからね。


       *
       *
       *
       *


題名:どうすれば 2001/11/ 1 9:13

投稿者 :○○○○


『気が狂った』のは私も同じです。
ショックで失語症にもなりましたし、1ヶ月で10K近く痩せました。
子供も泣いていました。
女性のところへ、無意識のうちに何度も電話をかけました。(記憶がない)
友人をも信じられなくなって、わけのわからないことを言っていたそうです。
手首も切ったし、薬での自殺に失敗して入院もしました。
心療内科、カウンセリングにも通いました。
心のよりどころが欲しくて、思いつく限りのありとあらゆる事をしました。

以上、不幸自慢ですね。(^^)
いやみじゃありませんよ。
悪く取らないで下さいね。
どん底だった私が、今は、穏やかで、
幸せに暮らしているということをお伝えしたいだけです。
今、こうして、やっと『許す』ことができて
フラッシュバックも自分で、コントロールできるようになりました。

>一生そばを離れない、君が少しでも笑えるようになるなら、どんなになじられようが我慢すると言っています。

私の主人もそう言ってくれて、実行してくれています。
すごくすごく辛いけれど、難しいけれど信じています。
心の底からは、信じられないけれど、そうしたいから、その方向に少しずつ進んでいます。

恋は誰でもできる感情のままのもの。
愛は、努力して作り上げるものだそうです。



*******


えらそうで恥ずかしい(--)
とてもえらそうですが、語らせてもらいつつ
自分にも言い聞かせていたのだなぁと振り返ります。


***


題名:物理的な時間 2001/11/ 2 13:59

投稿者 :○○○○




>○○○○さんに比べたら、私の半狂乱は生易しいですね。

不幸自慢してしまってすいません。(^^;)
文章でうまく伝わればいいのですが、
どんなにひどいことがあっても
それはその人の越えられる範囲だと言うことを伝えたかったのですよ。

だから、◇◇さんが生易しいと思われることは全くないと思います。

人それぞれ、環境やパートナーが違うし、
ここで、上手く文に表すことができないくらい弱ってる方もいらっしゃると思います。

そして、『超えられる試練』しかこないのだから、頑張らないでいきましょうね。
しいて言えば、頑張らないを頑張るです。

時間にしても、1年で回復する方もいれば
5年かかる方もいるでしょう。私は主人のことが発覚してから、今、2年経ちました。
この世の中での時間の流れ=物理的な時間と、心が感じる時間は、
その人それぞれの感じ方がちがうので
一概に言えないでしょうね。

でも、明けない夜はないですよ。
必ず、それぞれの幸せはきます。
そんなはずないと誰かがくじけても
私は信じて生きていきたいです。




********

>信じて生きていきたい。

信じて生きてきたかな。

信じて生きてきたのではないと思います。

信じたくて進んでみたら、生かされたという感じです。

何ひとつ自分でなしたのではなく
なさせてもらったのだと振り返ります。

結果として、夫と別れることになりませんでしたが
離婚しようと手続きを進めることもありましたし
両方の親にも、話しましたし
子供たちにも伝えました。

でも、今こうして、夫婦二人がともに手を取り合えることは
自分ががんばったから、夫ががんばったからではけしてなく
・・・うまく言葉にできませんが・・・

生かされている、助けられている、憐れまれていると
感じています。



最後の書き込み抜粋です。


******


題名:フラッシュバック 2001/11/16 22:46

投稿者 :○○○○



取り乱す、泣き叫ぶのような大きなものから、
何かに刺激されて
思い出したり、人を攻撃したりするものも
大きな枠の中で全てフラッシュバックだと
私は、とらえています。

気持ちが弱ると、許容範囲がとても狭くなりますよね。
普段、受け流せる一言が
絶対に許せない。
相手をコテンパンに痛めつけてやらないと
どうしても怒りが収まらない。

それは、事件を被った人、迷惑をかけてしまった人、
自分の努力が報われないと思い込んでいる人、様々でしょう。

どうぞ、その自分の感情に押し流されないで下さいね。
辛い気持ちは誰かにわかってもらいたい。
私をこんな目に合わせた、『それ』を懲らしめたい。

でも、感情に流された衝動は解決を運んできてはくれません。
気がすむだけであって、根本の解決にはなりません。

辛いです。
しぼられるように辛いです。
本当のことが知りたくて、この苦しみをぶつけたくて、息が止まりそうです。

(鬱病などの本当の病気のときは絶対に無理をしてはいけませんが)
もし、感情という嵐にとらわれいるのなら、忍耐です。

また、大嵐がきてしまった。
私って、だめだなぁ。
え~ん、悲しいよぉ。
でも、頑張ってみよう。
耐えてみよう。
今日は、ここまで、落ち着けたわ。
けっこう、やればできるかもしれないね。
また、明日、泣くかも知れないけれど
あさっては、その倍笑っていられるかもしれないぞ!

怒りや恨みでいっぱいの人生はいやだもの!
顔で笑って、心で泣いて。

自分がすごくいい女に一歩近づけた気がしますよ。



*****


おお~~~い!!!!
いい女に近づけたのか!?
近づけた気がしてるって思っても口に出すな!
文字にするな!
ネットに書き残すな!

つうか、いい女って言うな!!!!!!!
いい女って言ってるところで、いい女じゃないんだって!!

ああ~こっぱずかしい(--)・・・けど
まっいいか。

こうしたセルフ立ち上がりでした。




さて、
その後、この掲示板には、何かの考えがあって
私は、書き込みしなくなりました。
2001年の記録ですから、この後も何度も何度も
夫とは喧嘩をしたり、丁寧な話し合い・伝え合いをしたり
デートをしたり、日常を重ねていって今に至ります。
(それが、前ブログ 『ゆるすために』 と、この 『ゆるすためにⅡ』 です。)

落ち込んだり、浮かんだり
もうだめだと思ったり、まだ大丈夫と思ったり

もう安心と思ったり、やっぱりもうあきらめようと思ったり

その繰り返し、繰り返しのようで
同じ繰り返しは一つもないのでしょう。

夫婦をやり直したいとの思いが
どんなに小さくても消えないうちは、
休み休み
ゆっくりゆっくり
進んでいくとあら不思議。

あの苦しかったことがあったから、今の感謝があると感じます。

**

最後に聖書から


あなたがたは悲しむが、しかし、あなたがたの悲しみは喜びに変わります。
女が子を産むときには、その時が来たので苦しみます。
しかし、子を産んでしまうと、ひとりの人が世に生まれた喜びのために、
もはやその激しい苦痛を忘れてしまいます。
                 ヨハネの福音書16:20






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